■ Flavor Of L*** 
番外編2 どっちに賭ける?

 


「レノさん、聞いてくれますか?」
「わざとらしい敬語だぞ、と」
「年上は敬えって言ったのそっちじゃん」
「敬うなら本気で敬え。それ以前に年上とも思ってないだろ」
 うん、全然思ってねぇ!、とザックスがケラケラ笑う。
 
 俺とザックスはかつて同世代だった。
 同じじゃないが、互いの仕事は理解済み。出る所と引く所は暗黙に分かりあっている分、気を楽にして飲める数少ない貴重な飲み仲間だった。
 今は俺がかなり年上になっちまったが、関係は何も変わらない。このバカ犬とも普通に再会して、今も普通に飲む。それが、俺達らしいぞ、と。
 今夜誘ってきたのはザックスからだ。場所は路地裏にあるカウンターだけの小さな店。どうやら、クラウドが配達で帰って来ない日らしい…って、そんな理由かよ。

「で?何を聞いて欲しいって?」
 グラスの中の氷を転がしながら俺は話を戻す。
「そうそう。最近発見したんだよ。俺ってさ、年上にウケるのかもしんない」
「…はぁ?」
 意外だろ?、とも言いたげに己を指差すザックスに対して、俺は冷ややかな目で返す。
 …今更、何言ってんだ?このバカは…。
 ザックスは13歳で神羅に入った。そのまま最年少で1stに昇格していったから、必然的に周囲は年上ばかり。そこにこいつの人懐こさが加わったとなれば、可愛がられる図式なんて足し算より簡単だ。
 教育係の1stを筆頭に、あの英雄と詩人までそうだと分かった日にゃ、タークスもさすがにぶっとんだもんだ。
 事実、俺の知る限り、ザックスの色恋沙汰の相手が年下だったのは、クラウドとエアリスしかいない。
「クラウドがさー、色っぽくていいんだ。いや、前からそんなトコはあったけど、増したっていうか、常にそうだっていうか…」
 俺が何を考えてるのかなどおかまいなく、ザックスはツラツラと話を続ける。
 要は、言いたいだけなんだな? なら、適当な相槌で流す事にした。
「へぇー」
「でも、ただ色っぽいだけなら年上は関係ないと思うだろ?年齢に見合って大人になっただけなんだからさ。ポイントは俺達の年齢逆転ってトコなんだ」
「ほー、ほー」
 適当に相槌を打ちながらウエイターにとびきり強い酒を注文する。それをザックスに与えて酔い潰して黙らせる作成だ。
「独占欲っての? いや、加護欲ってのかな。とにかく俺の面倒を見たがるんだ。飯とかはあいかわらず俺が作ってるんだけど、それ以外で色々さ。それがたまんねぇの~!」
 膝を叩きながら俺が頼んだ酒をカパカパと飲んでいく。…作成順調、さすが俺。
 つか、クラウドの言動は今まで耐えてきた分の反動だ。歳うんぬんの話じゃねえっつーの。
 思った事が行動に出たか、ついザックスの頭をゴチンと殴ってしまった。
「んだよ~、なんで殴るんだよ~?」
「何となくだぞ、と」
 神羅時代、クラウドはそりゃあ苦労した。俺はそこまで関わっちゃいなかったが、見かける度に『悩む』『凹む』『泣きそうな顔してる』のどれかだった。笑い顔なんて、クラウドにザックスが引っ付いている時くらいじゃね?
 そりゃ、相手がザックスじゃあな…苦労するだろ。当時からそれは思っちゃいたが、その苦労は目の前にいるコイツが来る最近まで続いた。
 …はっきり言って、ここまで一途だと脱帽もんだ。


 隣の酔っ払いは半分眠りかけながら、変わらずクラウド自慢をツラツラと呟いている。そろそろ潰れるか?と、思った頃にヤツの携帯がなった。
「…んあ? ……あ!クラウド?」
 見えない犬耳がピンと立つのはお約束。へいへい。
「うん、いや、…酔ってねぇーよー、へーき。へ-き…え?レノ?」
 酔っ払いは酔っ払うほど酔ってないという。多分、これは永久の鉄則だな…なんて呑気に考えていたら、ザックスが俺に携帯をよこしてきた。
「レノに替われってさー」
「俺に?…何の用だぞ、と」
 あいにくこっちからはクラウドに用はない。疑問に思いながらも電話に出ると、えらく不機嫌な声が聞こえてた。
『…ザックスを酔わせて、神羅に連れて行くつもりじゃないだろうな?』
 明らかにご機嫌斜めな声の主。あー…はいはい。前に『返せ』と言ったのを根にもってんだな。…こりゃ面白い。
「駄犬のしつけ、し直してやるぞ、と」
 キシシと含み笑いをしながら答えてやれば
『ザックスは駄犬じゃない!』
 と言い残し、電話が切れた。おー、怒ってる怒ってる。
「何だよ、駄犬って?!つか、クラウドは?」
「んー?もう切れた」
「え?!俺まだおやすみ言ってねぇ!俺にかけてきたんじゃねぇの?!」
 切れた携帯を返してやれば、無音の携帯を弄りながらさめざめとショゲる仔犬。
 ひでぇ~、クラウド~…と、テーブルに突っ伏す姿は飼い主に無視された飼い犬そのものだ。
 さっきの訂正。一途とは違うかもしんね。

「…そういやお前さ」
 クラウド~クラウド~、と煩いので、別の話題を振ってみる事にする。
 前から気になっていたがなかなか聞く機会がなかったこと。今のこいつなら酔っているから、後で忘れるだろう。ちょうどいい。
「お前さ…バスターソードを何故持っていないんだ?」
 クラウドがコイツをエッジに連れてきて最初に行ったのが教会だ。それは、ザックスの監視をしていたシスネから聞いてる。てっきりバスターソードを取りに行ったのかと思いきや、2人はそこでしばらく話をしてから、何も持たずに出てきたらしい。
 バスターソードは今も教会にある。ザックスにとっては魂のような存在の剣のはずのものを、何故持たないんだ?
「あー、あれはね…。あっちの俺のモンだから、いーんだよ…」
 机に突っ伏せたまま、顔だけをこっちに向けて答えてくる。
 …なんだ、その幸せそうな顔は。
「今もあそこでエアリスを守ってんの。…クラウドがそれを許してくれたから、あのままでいーんだ…俺にはクラウドがいるからいーんだ…」
「……」
「…あっちの俺…忘れてほしくねぇし……一緒に生きるんだー…これからも、一緒に…」
 段々と声が小さくなっていったかと思うと、コテンとそのまま寝てしまった。
「…忘れるわけないだろ…」
 ザックスのポケットから勝手に財布を抜き取ると、会計をすませ大きな仔犬を担いで店を出る。
「重いぞ、と」
 深夜遅く人の姿のない通りを、気分良く眠る大男を担ぎなおしながら歩いていった。



 ザックスの遺体を埋めたのは、俺とシスネとルードの3人だ。
 あの日、俺達が発見した時にはザックスは1人冷たい体を横たえていた。
 満足したように笑ったままで、その顔を見た俺達は泣いていいのか、笑っていいのか、はたまた怒るべきなのか…頭のなかがグチャグチャだった。
 でも、たとえ俺達が間に合ったとしても、ザックスは絶対に保護をさせてはくれなかっただろうと思う。あの時の俺達に出来たのは、ザックスが次の自分の居場所を見つけるまで、神羅から煙に巻くための時間稼ぎのようなもんだったから。
 なのに、何で敵地のミッドガルに来るかなと…理解に苦しんだもんだ。

「いつだってお前は、俺の読み通りにはなんねぇんだな、と…。さ、着いたぞ、鍵よこせ」
 ザックスとクラウドの家の前につくと、再び勝手にポケットから鍵を取り、ドアを開けて玄関先にザックスを転がした。
 こいつらの寝室になんざ入りたくねぇし、ここに置いときゃ、万が一強盗が入っても気がつくだろ。
「じゃ、レノ様はこれで帰るぞ、と。…それとこれ」
 自分の胸ポケットから、チェーンと2枚の畳まれた紙をだす。
「…お前のモンだ。…お前に返す」
 チェーンの先についてるのはドッグタグ。ソルジャー・ザックスの着けていたものだ。
 紙はあの古代種からの手紙。血まみれのザックスのポケットに入っていたものだった。
「…手紙と知らずに読んじまって悪かった。でも、おかげで、何故お前がミッドガルに向かったのか分かったぞ、と」

 ザックスの遺体を埋めること、それは俺達なりのお別れだった。
 少々名残惜しすぎて、必要以上に穴は深くなっちまったが、誰にも荒らされないためには丁度いいだろうと思っていた。
 ところが、誰にも言わないでおいたその場所に、後にクラウドがバスターソードを指し、花まで咲き始めたのには心底驚いたもんだ。
「…お前、愛されてんだな」
 眠るザックスの傍らに座り、首にドッグダグを着けてやろうと腕を回すと、ザックスが俺の腰に腕を回して擦り寄ってくる。
「…俺はクラウドじゃねぇぞ、と」
 解くのも面倒なので、さっさとドッグタグを着け、ジーンズのポケットに手紙を入れてやる。
 何も言わず渡すことになるが、コイツなら分かるだろ。
「ちゃんと渡したからな」
 ポンポンとポケットの上から軽く叩くと、ザックスの腕の力が強まった。
「…だから俺はクラウドじゃ…」

 …って、起きてんのか?


 …ま、いいか。どちらにせよ、ここは気が付かずにいた方が俺達らしい。

「幸せになれ」
 黒髪をクシャリと撫でると、力の抜けた腕を解いて家を後にした。


 タバコに火をつけ、大きく一服する。
 ドッグタグも手紙も、いつかクラウドに渡そうと思って持っていたが、奴さんはとても渡せる状態じゃなく、ここまで時間がかかっちまった。これで俺の任務もひとつ終了。

「さて、次の任務にいきますか…、と」

 だけど覚悟しておけよ、ソルジャー。俺達がタークスで、お前達がソルジャーである限り、縁は切れない。組織や役職は関係ない、本質の問題だ、本質の。
 俺達には成すべき目標がある、その為ならお前らを巻き込む気なんて満々だ。どうせ、「断る」と口で言っても、いざとなったら血相変えて助けに来るのもお見通し。そういうヤツラだっての、お前らは。……なんて、俺らもか?

 苦笑しながら夜の街を歩いていくと、携帯が鳴る。カームへと任務に出ているロッドからだ。
『こちらロッド!今、もの凄いスピードでクラウドが疾走していったぞ!そっちで何かあったのか?!』
 …なるほどね、おやすみを言わなかった理由はこれか。
「早くお家に帰りたいだけだろ。気にすんな、と」
『は?!それどういう…』
 ロッドの返事を聞かずに携帯を切る。
 おやすみと言わなかった代わりに、言わせもしなかったのはクラウドの意図だろうが、それがあのバカ犬に通じているのかは分からない。
 つうか、クラウドが血相変えて帰ると、バカ犬大イビキ…なんて場合はどうなるんだ?

「……ルードと賭けをしてみっか」
 ちょっと面白いシュミレーションをして、さっそくルードに電話をかけた。

「おい、ルード。賭けをしようぜ?」
 俺は楽しげにニヤリと笑う。



 明日、バカ犬がボコボコにされてるか、否か。 どっちに賭ける?






END.
 
 



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