■ 英雄と塩キャラメル 02 |
「なーなー、セフィロス、逃げないから下ろしてくれよ。飯食った直後の逆さまは気持ち悪ィ。吐く」 エレベータに乗り、ソルジャーフロアの49階へと上る。ザックスにとって普段は大好きな全面ガラス張りのエレベーターからの景色だったが、食後に担がれたままでは逆効果だ。目が回るだけで気持ちが悪くなる。 「吐いたら2ndの資格を剥奪する」 「こんなんで降格なんてパワハラっていうんだぞ?」 「着いた」 「聞けよ…」 エレベーターの電子音と共にドアが軽く開き、セフィロスはザックスを担いだままの姿で降りた。下ろす気などないのだろう、そのままの姿勢でシミュレーションルームへと向かう。 ザックスはそれを察するとまた別のため息をついた。 「なぁ、また、アンタと戦うの?」 「ああ」 「別にいいんだけどさ、いいかげんたまには他のデータとかにしてくんね?アンタ相手じゃ強すぎてちっとも訓練になんねぇよ」 過去のシミュレーションにおける対セフィロス戦のザックスの成績は全戦全敗。実力差がありすぎるのだから、当然といえば当然と言える。 「だから俺ではなく、過去の俺のデータを使ってやっているだろう。今日用意したのは8歳と9ヶ月の俺だ」 「変わんねぇよ。この間の9歳のアンタでもケタ違いだったじゃんか。いいかげん、ムリだよ」 「いいかげんにして欲しいのは俺の方だ。いったいいくつまで落とせばお前は俺とまともに戦えるんだ?」 「…だからさ…アンタじゃなくて…他の」 「俺以外は許さん」 「…えぇー、なんでー…」 「……」 「ねぇ、なんで?」 誰もいないシミュレーションルームの中へと入ると、セフィロスはロックをかけてザックスを下ろした。そのまま、顔を見る事も無くクルリとザックスの身を反転させる。 「セフィロス?」 「黙っていろ」 「?」 セフィロスから見えるのは、ザックスの背中だった。まだどこか頼りなさの残る少年ソルジャーの背中。 セフィロスはゆっくりと屈むと、その小さな背中に額をつけた。 「…セフィ…?」 セフィロスの感触にザックスの背中がピクリと揺れる。だが、言われたままに従うように、ザックスはそのまま大人しくしていた。 静かな時間だった。 セフィロスはゆっくりと瞼を閉じ、耳を澄ます。 すると、トクトクトク…と、ザックスの小さな鼓動がセフィロスの耳に届いてきた。 トクトクトク… トクトクトク… ザックスは暖かい。 暖かく、明るく、生命力に満ち溢れている。 トクトクトク… トクトクトク… ザックスの鼓動、ザックスの体温、ザックスの匂い…それらがセフィロスの心に染み渡る。 トクトクトク… トクトクトク… それをもっと感じていたい。だから… 「……、…俺以外 見るな…」 ポツリと零した言葉は、セフィロス自身にも聞き取れるかどうか分からないほどの小さな声。 だが、それでよかった。 聞かれなくていい。 それ以上など望んでいない。 それが今のセフィロスの心情であり幸福。 たとえそれが、誰に分からなかったとしても、こうしていると胸は暖かいもので満たされる。 それだけで良いのだ。 それだけでセフィロスは今、幸せなのだから… が…、 「うん!いいよ!」 (えっ?!) 突如帰ってきた腹が立つほど能天気な明るい返事に、セフィロスの瞳孔はこれまでに経験の無いほど開く。 「セフィロス美人だし、見てて飽きないもんな!これからも見てあげるよ!」 ザックスにはしっかり聞こえていたのだ。その事実にセフィロスの耳は一瞬にして真っ赤に燃える。 「俺、可愛いコも好きだけど、美人はもっと好きなんだ!美人っていいよな!人類の宝だと思う!」 そんなセフィロスの様子を知る由も無いザックスは、得意の満面の笑顔で自らのメンクイ持論を堂々と述べる。それが追い討ちになる事も知らずに。 当然、セフィロスの眉間には深い皺が寄り、そして先ほどまでほっこりと暖まったはずの心は、ぶ厚い鉄の扉がガラガラを音と立てて閉ざされて行く。 「任せてくれよ!そんなお願いなら俺、ガンガン引き受けちゃう!」 「……『見て ぁげる』…『ぉ願ぃ』・・・だと…?」 「うん!!!」 ワナワナと震えるセフィロスの指を気にもしないザックスは、驚くほど遠慮なくその無差別な笑顔攻撃を続けた。 もしもここに、一般常識のある誰かがいてくれたなら「もう止めてやれ」とザックスを止めただろうが、ここにいるのはセフィロスとザックスの2人きり。フォロー役などどこにもいない。 そして、時はすでに遅い。 銀髪の悪魔の完全体は、今、ザックスの背後に君臨した。 「ならばお前に、その宝とやらで地獄を見せてやろう!」 「え?あれ?なんで怒って・・・って、うわぁッ!!」 セフィロスは能天気なおバカ小僧をシミュレーションルームの中心に突き飛ばすと、携帯からシミュレーションコマンドを投入する。 途端に部屋全体の機器が動きそこに現れたのは、正宗を持った殺意全開の8歳のセフィロス。…が、10人だった。 「うげッ!!」 「全員を倒せ!」 「うっそーーーーッ!!」 「倒すまでここを出さん!!」 「マジでぇぇぇ?!」 顔面蒼白になったザックスの悲鳴が部屋中に響き渡り、それに全く構うこと無き10人のチビッ子セフィロス達は一斉にザックスへと襲いかかった。 「ぎゃああああ!」 学習すべきは、素直さを必要とするセフィロスか。それとも物事の複雑さを理解すべきザックスか──。 いづれにせよ、英雄セフィロスによりザックスの時間はこれからもひたすら狩られ続ける。 その行く末を見られるのは、常に英雄のポケットの中に大事に仕舞われ続けている、ただ一粒の塩キャラメルだけかもしれない。 end. |
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