■ 英雄と塩キャラメル 
01 

 

 セフィロスにとって、そのミッションは退屈なものだった。

 3rdソルジャー達による、2nd昇格試験を兼ねたモンスター討伐ミッションの同行。
 過去幾度となく行われているこのミッションには、セフィロスには一応「審査官」という役目を持っている。
 が、生まれてこのかた人知を逸脱した戦闘能力を持つセフィロスには、この昇格試験の意味も、それに受かる意義も全く理解できないものだった。
『この中から、筋の良さと将来性を見い出せ』とは言われても、セフィロスから見ればどのソルジャーも似たりよったりの実力でしかない。まさにどんぐりの背比べなのだ。

 そんな退屈なミッションの時間が終了し、討伐を終えた3rd達が帰還する。その中、セフィロスはコートから一枚のコインを取り出した。
 表が出たら全員合格、裏ならば全員不合格。昇格試験におけるセフィロスの評価はこのコイントスで決める事にしている。
 不真面目なワケでは無く、本音で評価を下せば毎回全員不合格にしたい所を『それではソルジャーの育成にならない』と教官達に泣きつかれた為、セフィロスなりに譲歩した結果の選考方法だった。
 運も実力の内、というやつだ。
 今回も一枚のコインを指先で弾き、手の中にキャッチする。そして、その手を開こうととした時、その声はかかった。
「おつかれさん!はいこれ、やるよ!」
 ミッション後とは思えない快濶で明るい声に、セフィロスは手の中にコインを握ったまま振り返り、そして下へと視線を落とした。
「……?」
 視線の先にはソルジャー3rdの制服に身を包んだ黒髪の小さな子供が、ニコニコと笑いながらセフィロスにグーにした手を突き出している。
「『これ』…?」
「うん、コレ」
 そしてグーの中からパッと出して見せたのは、半透明の紙に包まれた四面体のものだった。
「…なんだそれは」
「塩キャラメル。ミッションが終わった後って、甘いもんとしょっぱいもんの両方食べたくなるだろ?だから、皆にもあげようと思って俺、持ってきたんだ。アンタにもあげるよ」
 そう言って、セフィロスが握ったままの手の平を開き、その中にあったコインの上にキャラメルをチョンと置く。
「本当はチョコと塩せんべいがいいんだけどさ、チョコは溶けやすいし、せんべいは割れるだろ?だからコレにした!」
 いかにも自分は賢い選択をしたと言わんばかりに、ニコニコとした笑顔で自慢気に話す。
「美味いから食べて!それから、今日は審査ありがとう!じゃ、俺、他のみんなにも渡して来るからまたな!」
 言いたい事だけ言うと、その少年ソルジャーは他の教官の所へパタパタと走って行った。やがてその教官にも同じ事をしたのかグーの手を突き出し「ミッションに菓子を持ってくるな!」と、カウンターでゲンコツを食らう。

 その光景を遠目に、セフィロスは手の中にある四面体のようなものを陽に翳す。
「塩キャラメル…?」
 生まれて初めてみたソレを、セフィロスは不思議そうにずっと眺め続けていた。
 





【英雄と塩キャラメル】








それから半年後──



「ザックス・フェアはどこだ!」
 ドアが開くなり叫ばれたセフィロスのその第一声に、雑談で賑わっていた昼時のソルジャー専用社員食堂は一瞬でシンと静まり返った。
「訓練の時間だ!出て来い!ザックス・フェア!」
 再び名を呼び、仁王立ちのまま室内をジロリと睨む。そんな英雄に自分の名を呼ばれたわけではないソルジャー達にまで緊張が走った。
 だが、その美声に返事をする者は誰一人いない。
 皆が皆『触らぬ神に祟り無し』とばかりに顔を伏せ、嵐が過ぎるのをひたすらに待つ。
 そう、この嵐は既に日課になっていたのだ。半年前のあの日から──


 名前を呼ばれたザックス・フェアとは、半年前に行われた2nd昇格試験において合格したソルジャーの中の一人だった。
 2ndになればさらに訓練は過酷さを増すが、同時に格上の待遇にもなるため自由時間は増える。それがソルジャーの常識であり、当然ザックスもそうなると思っていた。
 が、ザックスだけは違ったのだ。ザックスに限ってはそこにセフィロスによる特別訓練が加えられていた。
 理由は不明。だが、それでもかの有名な英雄とのマンツーマンという事から、最初はザックスも大喜びし、周囲は「何故アイツだけ?」と妬んだものだった。
 それほどに貴重な滅多に無い『奇跡』だった。
 が、その英雄による訓練が数日毎から毎日となり、日中の数時間では収まらずやがて深夜まで伸びるようになり、さらに休暇返上で行われるようになり、ついには食事時間を削ってまで行われるようになったとなると、話はいささか変わる。
 それが半年繰り返された現在となっては、ザックスの自由時間が1分でもあればセフィロスにスケジュールを組み込まれる異常事態となり、かつて『奇跡』とされた周囲からの評価は『地獄』へと陥落した。
 目が覚めた時から寝落ちするまで毎日。一分一秒その全てが拘束される、まさにセフィロス地獄。もはやザックスをやっかむ者など、この神羅には誰ひとりいない。


「返事をしろ!ザックス!」
 やがて声に怒気が含み始め、カツカツと足音が室内に木霊し始める。
 長い足で進む歩幅は大きく早い。
 その歩みは周囲を見渡すように確認しながら、真っ直ぐに奥へと進んで行った。


「…ぉぃ、マズイぞッ。まっすぐにこっちへ来る…ッ」
 食堂の最奥の一角では、カンセルが仲間のエッサイとセバスチャンと共に隠れるように背中を丸くし、今か今かと肝を冷やしていた。
 コソコソと話かけるのは目の前にいる仲間にではなく、テーブルの下である自分の足元だ。
「もう来たのか!?畜生!負けるもんか!俺は今日こそこのカツ丼を食いきるんだ!」
 そしてそのテーブルの下には、カンセル達の足元に隠れるように座り込みながら、まだ湯気の上がる出来立てアツアツのカツ丼を口の中にかきこむザックスがいた。
 途中で水を飲む暇も無く、ひと口でも多く食べようと涙目のまま必死にかきこむ。そのあまりにも不憫な姿に、カンセルは気の毒そうに眉尻をさげた。
「お前も大変だな、ザックス…」
「だろ?!アイツ、自分は昼を食わないからって、俺まで食べさせてもらえないんだぜ?もう、信じらんねぇよ!」
 水は飲まなくても愚痴は言う。人生の娯楽である『可愛い女の子』と『美味い飯』を楽しむ時間を奪われているザックスの鬱憤は、カツ丼より熱いのだ。
「全然遊べないし、腹減ってんのに飯も食べれない。こんな地獄ってある!?何でなんだよ!もう全部、あのドS英雄のせいだ!!」
「……、誰がドSだ?」
「ゲッ!?」
 はるか頭上から降って来た怒気だらけの美声にザックスの箸が止まる。
 途端に頭上で光を遮っていたはずのテーブルがまるで棺の蓋開けられるようにゴゴゴ・・・と持ち上げられ、ザックスと食べかけのカツ丼は室内の蛍光灯の元に晒された。
 コキコキコキと、壊れかけた人形のようにザックスが振り返る。と、そこには10人用の巨大なテーブルを軽々と持ち上げた姿勢のまま、天上から見下ろしてくる銀髪の悪魔の形相があった。
『見ぃーつ・け・た』と、弧を描いた笑顔の鬼の声が聞こえたのは、おそらくその顔を直視していたザックスだけだろう。

「俺の訓練を放棄するとは、いい度胸だな」
「ち、違う…ただ俺、飯を…」
「どんぐりのくせに飯を食うな」
「ヒィ!」
 セフィロスは持ち上げたテーブルをまるで紙ゴミのように、自分の後方へと適当にブン投げる。
 その落下先にいた運の悪いソルジャー達は悲鳴をあげながらも昼飯をガードしつつサポートとキャッチを瞬時に手分けして繰り出し、見事、テーブル災害を未然に防いでみせた。さすがはソルジャー2nd、見事な連携技だ。
 が、そんな華麗なる一致団結の様子には目もくれてやらない英雄は、ザックスの首根っこを掴みあげるとそのまま肩に担ぎ上げ両足をガッチリとホールドする。
「ぎゃあああ!まだ食い終わってないのにーーーーー!」
 そして来た時よりも早い速度で食堂の外へと連れ出されると、無情にもドアはザックスを追い出すようにピシャリ!と閉まった。


「「「ふぅ~~~~」」」
 静まり返っていた室内に大きな安堵のため息が木霊する。
 やっと緊張から解き放たれたソルジャー達は、仕切りなおしとばかりに各々がテーブルに着く。むろん、セフィロスに放り投げられたあのテーブルも元の位置に戻され、カンセル達もまた席へと戻った。
 開口一番をセバスチャンが口にする。
「やれやれ、やっと過ぎたか」
「全く毎日毎日凝りもせず…。追いかけてくる英雄も英雄なら、逃げてくるザックスもザックスだぜ。なぁ?カンセル?」
「ん?あ、ああ…」
 エッサイに同意を求められ、カンセルはとりあえず頷く。
「まったく、毎日毎日飯も食わさず訓練させるとは、本気で潰す気なのかね。よっほどザックスが気に入らないんだな。あの英雄サンは…」
「あれだろ?試験の時にザックスが渡した菓子が原因だって話だろ?馬鹿にされたとでも思ったんだろうな」
 だが、仲間達が口々にする推測に、カンセルは首をひねった。
「なんだ、お前達は知らないのか?それ、違うぞ?」
「「あ?」」
「逆だよ」
「「逆?」」
 シンクロで答える仲間達に、カンセルは教授するように指先を立てた。
「あの英雄サンは、その時の菓子を今でも大事にケースに入れて保存してる。サー・アンジールに聞いてみた所、どうやらアレは生まれて初めての一目惚れらしい。本人は認めていないけどな」
「「アァ?!」」
 衝撃の事実にエッサイとセバスチャンは目を見開いた。
「…マジか…?じゃあ、今のこの強行スケジュールって…」
「ま、単に会いたい気持ちの裏返しだろうな。大体、気に入らないヤツを担ぐと思うか?ザックスは抵抗してもいないのにだぞ?」
「うおー。マジかよ…」
「サー・アンジールから『素直にならないと伝わらない事を学習してほしいから黙って見守ってやってくれ』と言われてる。でもよ、英雄はそれでいいが、その間のザックスはどうなんだろうな…。サー・アンジールも無茶な事言うぜ」
「ザックスはそれ知ってんのか?」
「あの超ド単純が気付くと思うか?」
「……やべぇ…どうしよう、痛すぎる…」
「…あの歳とあの風貌で今頃初恋とか…ダメ…マジ引くわー…」
 カンセルの話に仲間達は複雑に顔を歪め、頭を抱えていた。



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