■ 君の好きなもの 
01 

 
 ザックスがその店を見つけたのはほんの偶然だった。

「うわぁ~!なにこれ。すげぇ!」
 スーパーで買い物をした帰り道、何の気なしに気まぐれで入った路地にあった小さな硝子工芸店。
 その店先のショーウィンドウに並ぶ幾つものキラキラとした硝子製品に一瞬で釘付けになり、惹かれるように中へと入って行った。

「いらっしゃいませー」
「こんにちは!ちょっと見せてくれな」
「ごゆっくりどうぞー」
 普段なら振り返る女性店員の可愛い声にも心半分で返事をし、陳列棚に並ぶ硝子製品を夢中になって眺めていく。
「すげー」

 透き通ったガラスの表面に、繊細な線で綺麗な花がいくつも描かれた浮き玉。

 小さな透明のガラスの中に、目を凝らすほど小さなガラスで作られた花や星が散りばめられたとんぼ玉。

 指の上に乗るほど小さいのに、愛らしさと愛嬌のあるガラスで出来た動物達。

 まるでそれ自体が小さな星であるような、どれも目を奪われるほどの緻密さと繊細さを兼ねたアート作品ばかりだった。

「すっげー、綺麗だなぁ…」
 宝石やマテリアとは全く違う、完全に人の手によって作られた造形作品。だがそれは、作り手の魂と技術と愛情が込められた世界にひとつしかない芸術ばかりだ。
「何か欲しいな。セフィロスはこういうの好きかな」
 思わず漏れてしまう嬉々とした声で呟きながら、ひとつひとつを丁寧に見比べ、最近一緒に住み始めたばかりのセフィロスの綺麗すぎる家を思い起こした。
「あの家に、セフィロスが気に入るものを沢山置いてあげたいんだよな…」


 ザックスはセフィロスが気に入るものを探していた。




                                     【君のすきなもの】






 セフィロスの家にザックスが同居を始めたのはほんの一週間前。
 付き合い始めてすぐにセフィロスの部屋に招かれ、そのままそこの住人になったのだが、ザックスにはひとつだけ気になる事があった。

 セフィロスの家には無駄なものが何ひとつない。

 初めて訪れた時、思わず『本当にここに住んでんの?』と聞いてしまったほど無機質で生活観が無く、ホテルの一室と言っても過言ではないほど部屋は整い完璧にクリーニングされていた。
 聞けば、専用のコーディネータとクリーニングが毎日入っているらしく、家は全てその者達に管理されているのだという。
 センスの良いシンプルで質の良い家具に、高級感のある配色。選びぬかれた品々はまさに『神羅の英雄』に相応しいものばかりだ。
 が、そこにセフィロスの意思は何一つ反映されていない。
『それじゃ、ホテルと一緒だろ?自分の家なのに…窮屈じゃね?』というザックスに、セフィロスは『昔からこうだ』と淡々と答えるだけだった。
 不満があるでも無いでもないその無表情の物言いが、酷くザックスの胸を締め付けていた。


「セフィロスにはさ、もっとこう自由っていうか…遊び心が必要だと思うんだよ」
 いくつものガラス玉を吟味しながら、ザックスはセフィロスの素の笑顔を思い浮かべた。


『英雄』という肩書きは、どこまでもセフィロスをその枠の中に収めようとし、セフィロスもまたそれに逆らおうとしない。

 それが本当に必要で正しいことなのかどうか、ザックスには分からない。
 ただ、セフィロスだって人間だ。自分を取り戻す時間は必要なはずなのだ。
 それはザックスなりの確信だった。


「自分の家なんだからさ、もっと自分の好きなものでいっぱいにするべきだよ」

 高級ホテルの一室に毎日泊まるような、そんなあつらえられた家は家とは言えない。
 家とは、もっと自由で心が安らぐものなのだから。

 それ以来、ザックスはセフィロスの好きなものを探すようになった。
 セフィロスの好きなもの、気に入るものを探してはあの家に置く。
 家事もやる。掃除もやる。
 そうしてそれが認められるようになったらプロのコーディネーターもクリーニングも全て断って、あの家をセフィロスの好きなものだけでいっぱいに埋め尽くす。
 そうして、本当の意味であの家をセフィロスの家にする。

 それは同居を許された自分にしかできない事だと、ザックスは使命のように感じていた。



「お客様?どうされました?」
「…ッ、え?!」
 考え事に夢中になってしまっていたのか、店員に声をかけられ、ザックスはハッと我に帰った。
「何か、お探しですか?」
「あ、ごめん。あんまり綺麗だからちょっとボーっとしてた」
 心配してくる店員に慌てて笑ってみせたがあまり効果は無かったらしく、店員は苦笑いを零した。
「もし、分からない事がありましたら何なりとお尋ねくださいね」
 そして、そう言って一礼をした店員に吊られて頭を下げたザックスの視界に、ソレは突然入ってきた。
「あ、ちょっと待って!ね、これ何?」
「あ、はい。これは…」
 ザックスが指差した品を手に取り、店員からその使い方を説明を受けると、ザックスの目は嬉しそうに輝いた。
「これにします!これください!」





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