■ Be My Valentine 
03 

 

「チョコの匂いがする」
「買いに行ったからな。結局、帰りにまた呼び込みの悲痛な声に負けて、さらに買ったよ」
「チョコはどこだ」
「数がありすぎるから全部食堂にあげた。今日の社食は全品チョコのおまけ付きだぜ」
「ザックス、食堂はどうでもいい」
「あー?」
 午後のデスクワークの最中、顔をあげればいかにも「俺のチョコは?」と言いたげなセフィロスの不満顔があった。
 なんだよ。あんたの広告のせいでチョコ業界は深刻な打撃なんだぞ。あまりに深刻すぎて、何故か俺の方が申し訳なくなって、あちこちで買ってきたんだ。おかげで今月はパァ。
 なのに、その結果がこの不満顔かよ。可哀相だろ、俺が。
「チョコは俺がいらねーの。もう匂いだけで腹いっぱい。しばらくは見たくもない。だからあんたもおあずけ!」
「意味が分からん」
「とにかく無し!」
 結局、セフィロスの分は買えなかった。
 まとめ買いした中から選ぶのは簡単だったけど、それは嫌だった。そんな事をしたら、『特別』が特別でなくなってしまう。それだけは嫌だ。
 俺の中でセフィロスは特別なんだ。だから特別でなくなる扱いはしたくない。
 …なんて、そんな事を思ってるのは内緒だけど。

「そもそもさ、なんで急にチョコが欲しいなんて言い出したんだ? あんた今まで、バレンタインなんてむしろ迷惑がってたじゃないか」
「知らなかったからな」
「何を?」
「バレンタインの意味だ」
「へ?」
「先月受けた取材で、本来の意味を聞いた。俺は今まで、チョコを買う行事だとばかり思っていた。食いきれないそれを押し付けられていると思ったから、ずっと迷惑していたんだ」
「……」
 ……マジ、で?
 いや、ある意味合ってはいるのかもしれないけれど、でもセフィロスはそんなカーブの効いた見方はしていないだろう。
 ということはマジか。マジなのか! 信じらんねぇ、浮世離れにもほどがある!
「それじゃ、今までそれを喜んで貰っていた俺の事は…」
「よほどのチョコ好きだと思っていた」
「ああ、そうかよ! くそったれ!」
 机をバンッと叩き、そのままつっぷした。
 …くだらない…あまりにもくだらない。なんだこのオチは。
 って、ことはアレか。このオッサンは俺が思っていた以上に天然で、俺はそれに気づきもしないままずっと一緒にいて、今年は無駄にチョコを買いまくったあげく、欲しがっていた本人には無しにしたってわけか。
 マジか! バカなのか俺は!
 あ、やべ…落ち込みそう。



「セフィロス…ごめん」
「ん?」
「チョコが無いのは…、別に嫌いって意味じゃないから…」
 こんなことなら、1個ぐらい残しておくべきだった。きっとセフィロスは、俺からだったなら何でも良かったんだ。
「別にいい。本来はチョコは関係ないらしいしな。ただ、お前がチョコが好きなら、それでもいいと思っただけだ」
 そう言ってセフィロスは引き出しを開けると、一枚のトランプようなものを取り出し、俺に投げてよこした。
「だからチョコ好きってわけじゃ…、ん、なにこれ」
「俺からのバレンタインカードだ」
「え?!」
 白地に金色で繊細なデザインがされたそれを開くと、そこには『Be My Valentine』書かれたセフィロスの直筆と、上品なパッケージに包まれた薄いチョコレートが一枚添えられてあった。
 恥ずかしげもなく、俺の胸の奥がキュッとなる。
 ヤバイ…これ、セフィロスが俺の為に用意してくれたのか。あのセフィロスが。
「……ありがとう…、嬉しい、すげー…嬉しい」
 本当に、バレンタインでこんなに嬉しかったのは初めてだ。なのに俺は…なんて勿体無い事をしたんだろう。

 鼻の奥がツンとなりそうなのを拳で突いて散らすと、慌てて席を立ちあがる。だって、今からでも間に合うはずだ。
「俺もすぐに用意する! カードと、あとチョコレートも!」
「別にいい。俺は甘い菓子は好まない。それに」
「それに?」
「最高級の『バレンタインチョコ』なら、目の前にいるからな」
「?!」
 ニヤリと降格を上げたセフィロスの意図を察し、思わす俺の顔が熱くなる。
 と、同時にどこかで聞いたソレを思いだした。
 まさか、まさか、まさか…!
「もしかして、食べきれないチョコよりも…」
「キスの方がいいな」
「まさか、チョコより肌の方が…」
「滑らかで甘いと思うが?」
「あのキャッチコピーの元ネタはあんたかよーー!!!」

 チュドーン!と、俺の背後で羞恥火山が爆破する。
 頭の中は甘いマグマでドロドロで、しばらくは何も考えられそうにない。





                      ・・・・・From Your Valentine
                            (2017.2.14)


end.


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