■ Be My Valentine 
01 

 
「チョコをくれ」
「チョコ? チョコって菓子のチョコ?」
「今日は、バレンタインなんだろう?」
「そうだけど…あんた、毎年トラック何台分も貰うじゃないか。しかも高級なもんばかり」
「あれじゃない。お前からのチョコだ」
「…は?」
「バレンタインをするぞ」
「……え?」

 今年のバレンタインは、ちょっとした事件だった。



***『Be My Valentine』***




「はぁ~…、どーすっかなぁ…」
 ソルジャーフロアでコーヒーを飲みながら、本日何度目か分からない同じ単語をぼやく。
 せっかくのバレンタインだし、今日はチョコレートを貰うためにあちこちに行こうと思っていたのに、どうしても足が重い。
 それというのも、今朝、セフィロスに言われた件のせいだ。
「なんだって今頃、チョコなんて…」
 だって、今の今までそんな甘い行事に勤しんだ事なんてない。
 バディ兼同棲生活ももう3年目で、することもしょっちゅうしてるような公私共に深い仲だけど、俗に言うスイートハートが飛ぶような甘い時間なんて、過ごした事は一度もない。
 そもそも俺達の始まりはダンナが無理矢理……いや、その件はひとまず置いとこう。
 とにかく、ソルジャーという仕事の忙しさもあいまって、俺もクラス1stとなった今ではむしろストイックな関係だ。
 そんな俺達が、何を今さら…。
 本気? 気まぐれ? 冗談にしてはちょっとセフィロスらしくない内容だし、適当発言はもっとセフィロスらしくない。
「どっちかと言うと天然だしな…。ま、いっか、悩んでいても仕方ない」
 ぐいっと最後の一口を飲み干し、紙カップをダストボックスに捨てると、俺はエレベーターへ向かった。
 悩んでいても仕方がない。欲しいって言うんなら、買ってやろうじゃないの。たががチョコレートひとつ、買うか買わないかで悩むなんて俺もどうかしてる。
 街に行けば、バレンタインのチョコなんてわんさか溢れてる。そのひとつを買えばいいだけの事だろ?

 そう安易に考えた俺は急ぎ足で町へと向かう。
 そしてそこで、本日2度目の驚きを目にした。



「バレンタインのチョコレート、いかがですかー!」
「今日はバレンタインです。チョコレートを送りましょうー!」
「好きな人への気持ちを込めたチョコレートはいかがですかー!」

 閑散とした通りに響き渡る必死な呼び込みの声にビビり、俺の足は思わず速くなる。
 なんだ、なんだ、なんなんだこれは?
 いつもは沢山の女の子で大賑わいの通りに、人がほとんどいない。普段の人の多さに比べたら、全くいないと言っていいくらいだ。
「なんでこんなにガラガラなんだ…」
 この季節のバレンタインチョコなんて黙っててもバカ売れする人気商品で、毎年どの店もこぞって競い左うちわでふんぞり返っていたくらいなのに、今年はそれが一変してる。
 店の外で呼び込みをする店員に、山済みのチョコレート、明らかに人の少ない店内。
 しかもそれがどの店でもだ。え、なにこれ。
 気軽なコンビニはもちろん、毎年人で溢れていた有名店もみんな同じ。いったいどうなってるんだ?

「あ、待って待って! そこのお兄さん! チョコレートどう? 安くしとくよ!」
 ああ、ついに俺にまでお声がかかったか…。
 振り返れば、それは小さなスイーツ店の店長らしき男だった。つか、安くするって、まだバレンタイン当日の午前中だぞ?
「もう値引きしてんの? 早過ぎない?」
「うちのは生の果物なんだ。今日中じゃないとダメなんだよ」
 覗いてみるとイチゴやバナナの果物をチョコレートでコーティングし、それを花束のように可愛らしく包んだ商品だった。なるほど、これじゃ明日まで回せないよな。
 よし、武士の情けだ。個包装ならみんなに配れるだろうし、セフィロスの分はまた他を当たればいいだろ。
「分かった、そこにあるの全部もらうよ」
「本当かい! ありがとう! 恩に切るよ!」
「おいおい、そんなにかよ」
 まさかバレンタインにチョコを買って、恩に切られるとは思わなかった。いったいどこまで困ってたんだ。というか、今年のバレンタインに何が起こっているんだ?
「なぁ、今年のバレンタインチョコって、どこも売れてねぇーの?」
 いそいそと紙袋に詰める店長に聞いてみると、その店長は肩の力をガックリと落として首を振った。
「そうなんだよ。今年は菓子業界は大打撃だ」
「なんで?」
「兄さん、知らないかい? 例のCM」
「CM?」
「化粧業界のCMだよ。あれをやられちゃこっちは形無しだ。知りたかったら、一本向こうの通りに行ってみな」
 全くとんでもない事をしてくれた、そう言って店長は俺に両手いっぱいの紙袋をレジに置いた。
「行けば分かる、ね…」
 特に興味は無くても、そう言われたら行ってみたくなるもので。
 俺は店を出ると早速その先の道りへと向かい、そこで本日3度目の驚きを目にした。




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