■ 愛情ピラミッド 
01 

 

 その夜、ジェネシスは相当機嫌が良かった。

 ジェネシスの両親からクリスマスプレゼントにと贈られたバノーラホワイトのりんごのワイン。それがクリスマスから1日遅れてやっとジェネシスの手に届いたのだ。
「なんで1日遅れ?」
 ジェネシスが自室のリビングで封を開く様子を、興味深々でザックスは覗き込んだ。
「検閲だ。ソルジャーが口にするものをそのまま渡す事は出来ないと抜かしたんだ、あのバカ者どもは」
 だが、悪態をつきながらジェネシスがワイン箱から取り出したそれは綺麗な未開封。
「開いて無ぇけど?」
「誰が開けさせるか」
 上品なラベルの貼られたそれを手に取り、ジェネシスは満足そうな笑みを浮かべて眺めた。
「…つまり、検閲させずに奪い返したってことね…」
 ジェネシスならば、さもありなん。
 戦闘の素人である検閲官を相手に本気でマテリアを翳し、殺気立たせて脅す光景が容易に目に浮かびザックスは乾いた笑顔を零した。

 神羅の生きた兵器であるソルジャー。
 そのクラス1stともなればテロリストから命を狙われることは日常茶飯事だ。
 爆発物から銃の標的、親しい者の誘拐、中でも毒殺は最も簡単で頻繁に行われる手段のため、会社としてはその対策を怠るわけにはいかなかった。
 クラス1stに送られてきた食物はどんなものでも例外なく検閲を行う。それが会社の規則だったのだが、ジェネシスとしては大切な両親が送ってきた愛するバノーラホワイトのワインに対して、毒を疑う冒涜は断固として許せなかったのだ。

「検閲官、トラウマになってなきゃいいけどな」
 そもそも、クラス1stに通じる毒なんてそう簡単には作れない。にも関わらずひたすら会社命令に従う職務に真面目な検閲官にザックスは「おつかれさま。アンタは間違ってないよ」とささやかな慰めを送った。

 ジェネシスがソファから立ち上がりワインオープナーを棚から出すのを見て、ザックスはピンと見えない耳を立てた。
「あ!飲む?飲む?」
「ああ、味見程度に」
「俺も!俺も欲しい!」
 ダッシュでジェネシスの赤いコートに纏わり付き、見えない尻尾を振りながら満面の笑顔を咲かせておねだりをする。
 通称『仔犬おねだり攻撃』。
 このザックス必殺の攻撃に逆らえる者はなく、その代表格であるアンジールなどは一撃で堕ちる所だ。
 が、ジェネシスだけは違った。
「お前にはやらん」
 眉ひとつ動かさずピシャリと言い切る。
 だが、それだけで食い下がるザックスではない。
「え~っ、くれよくれよ、ちょっとでいいから!な?ジェネシスと飲みたい!」
 今度はショボンと見えない耳を尻尾を垂らして、両手を合わせて切なげな目で見上げて縋る。
 通称『仔犬ショボンヌ攻撃』。
 さすがにこれをやられると、誰もが折れる。かの英雄もこれを見たさにあえておあずけのクッションを挟む程だ。
 が、ジェネシスだけは違った。
「断固やらない」
 動揺のカケラもなく地割れのごとくズバリと言い切り、ワイングラスを1つ取るとまとわりつくザックスを無視してソファへと戻って行く。
「うえ~~っ」
 勝負あり。ことごとく攻撃のレパートリー打破され、手段の無くした仔犬はあとは負け犬の遠吠えを吼えるしかなく
「なんだよ!ジェネシスのドケチ!意地悪!もういいよ!」
 さんざん負け惜しみをわめいてから、大きなガラス戸を開けてバルコニーへと走っていった。
 その様子にジェネシスは可笑しそうに喉を鳴らして笑う。

 季節は冬。
 寒さに強いソルジャーではあるが、一応寒いバルコニーだ。そこにわざわざ窓を全開にしたまま逃げ込むという事は「迎えに来て」という余白を残している。
 それは天邪鬼でプライドの高いジェネシスとスムーズに仲直りするために、ザックスが自然と得た知恵だった。
「分かりやすいぞ、仔犬」
 だがその思惑もジェネシスには筒抜け。ジェネシスに分からないように誘導するには、ザックスにはまだまだ人生経験が足りないようだ。
 そんなザックスの分かりやすい『ご機嫌ナナメ攻撃』をツマミに、ジェネシスはワイングラスを傾けた。



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