■ 紫陽花 02 |
それは遠い遠い日の記憶。 幼いジェネシスは母の膝の腕で絵本を読んでもらいながら、その中の林檎の絵を指さした。 どの絵本の中でも、林檎の色は赤かった。ジェネシスの村にある紫色の林檎の絵はどこにもない。 ジェネシスはそれが不思議でならなかったのだ。 『 だいすき 』 『 良かった。じゃあママが、紫陽花色のりんごのお話をしてあげるわね 』 『 あじさいいろ? 』 そうして母が話してくれたのは、紫陽花に恋をした林檎と、その林檎を応援する2人の天使の童話だった。 天使の名前はジェネシスとアンジール。母が幸せそうに語ったその名に、幼い心は甘酸っぱい幸福でいっぱいに満たされた。 林檎のために奮闘する2人の天使に自分達を重ね、最後には遠く離れてしまった紫陽花を想い今も同じ色に染まる林檎に、本気で紫陽花に会わせてあげたいと願った。 母が創ってくれたその童話は、正確には紫色の答えにはなってはいない。 けれど、母の愛に満たされたその童話の前では、もうそんな事などどうでも良くなっていた。それほどにその時間は幸せに満ちて、それからというものジェネシスは、何度も何度も、母にその話をねだった。 そしていつしか、バノーラホワイトと同じ色の紫陽花を見つけること、それがジェネシスの中の夢になっていた。 だが、その紫陽花の色はここにもない。 「…帰るぞ、子犬」 諦めたようにひとつ小さな息を吐き、ジェネシスが踵を返そうとしたその時、「あっ」とザックス短く声をあげた。 「な、ジェネシス。あれ!あれ!」 そしてどこかを指差しその場へと走って行く。そして着いた先で紫陽花の葉を掻き分けると、その中からひとつの紫陽花を大切そうに両手で包み、笑顔と共にジェネシスへと向けた。 「これ、バノーラホワイトと一緒じゃねぇ?」 「…!」 そこには、青い紫陽花の中にひっそりと咲く小さな薄い青紫色の紫陽花があった。クラデーションの色が変わった一角の中に咲くひとつの紫陽花。影に埋もれそうになっていたそれをザックスが見つけたのだ。 「な? ほら、な?」 まるで宝物を見つけたようにザックスが笑う。その笑顔に、ジェネシスの胸にはいつかと同じ甘酸っぱい思いが広がり、崩れそうになる表情を慌てて傘で隠した。 『 はいはい。ジェネシスはあじさいのお話が本当に好きね 』 「ジェネシス?」 「…写真を撮って、相棒に送ってやれ」 このあじさいのお話、アンジーくんも聞きたがっていたわ。 アンジーくんにもお話していい? 』 『 だめ! ままはあんじーにいっちゃ、だめ! 』 「アンジールに?」 「ああ。それだけでアイツは分かる」 ほくがおぼえて、ぼくがおはなししてあげるの 』 「…ちぇ、いつもの『アイツなら分かる』かぁ。…いいなぁ"幼馴染み"」 自分には決して追いつくことが出来ないジェネシスとアンジールが共有する時間に、ザックスはわずかばかりに口を尖らせる。だがそれも含めての愛しさなのだ。決して嫌いにはなれない。 「早くしろ、子犬。いいかげんバカでも風邪を引くぞ」 「はーい」 微かな明るい空を頼りに、ザックスは一番色が綺麗に見える角度から写真を撮るとミッドガルにいるアンジールへとメールを打つ。 「タイトルは『バカリンゴ色の紫陽花発見!』っと」 そして添付した写真に一言メッセージを添えた。 「『ジェネシスが幸せそうで、俺も嬉しい』 よしOK。送信!」 「子犬、早くしろ」 「はーい」 ザックスは送信の終った携帯をポケットにしまうと、紫陽花に手を振る。 「ジェネシスを幸せにしてくれてありがとう。じゃ、またな」 そうしてジェネシスの元へと戻ると、濡れたままジェネシスへと飛びつく。ジェネシスは「冷たい!」と怒りゲンコツを食らわせるものの、ザックスを引きはがそうとはぜす、そのまま来た道を戻り始めた。 「な、ジェネシス!宿でステーキおごって!ステーキ!」 「こんな田舎にそんなものがあるか! お前はまず風呂だ!」 先ほどまでとはうって変わった喧騒。 楽しそうにモメながら帰っていく二人を、バノーラホワイト色の紫陽花が見送っていた。 end. |
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