■ 優しい部屋 09 |
ミッドガルをメテオが襲ってから1年。 かつては世界最高の軍事力を誇り、我物顔で繁栄を誇った神羅はその力を失い、大都市ミッドガルは廃墟と化していた。 だが、それでも人は命を繋いでいく。 メテオ戦記の英雄達の元に生き残った人々は、廃墟となったそのビルを解体し新たな街を作り、今度は自らの手で自らの街を作り始めていた。 物は不足しているが、その分を互いの手助けで補う街、エッジ。その街の一角にセブンスヘブンはあった。 落ち着いたその店の内装は、女主人の人柄をそのまま表すように清潔で無駄がない。女性ならではの華やかさは幾分足りなかったが、それを補うかのように店にはいつも明るい小さな少女の声が木霊していた。 「ティファー! たいへん! ティファー!」 「ここよ? どうしたの。マリン?」 パタパタと階段を駆け下りてくるマリンの声に、ティファは店のキッチンで返事をする。 そこは店の主でもあるティファの指定の場所であり、ティファは大抵の場合そこにいる。 マリンもそれは充分に分かってはいるが、それでも急いで呼びかけないわけにはいかなかった。それほど彼女は焦っていたのだ。 「クラウドがいないの! 昨日、退院したばかりなのに、部屋にいないの!」 階段から駆け下りてくるなり、ティファに縋り探しに行こうとばかりに腕を引いた。 この家の3人目の住人であるクラウドが突然倒れ、生死をさ迷う昏睡状態に陥ったのは三ヶ月前の事だった。 いくら検査をしても物理的な原因が見つからず、倒れる直前まで彼自身が重い悩みを引きずり続けていたことから、医者からもおそらくは精神的なものだろうと告げられた。回復は本人の生きようとする力次第だと。 そのクラウドの回復まで仲間たちがどれほど心配し、どれほど祈ったか計り知れない。 だが、クラウドは帰ってきた。 倒れた原因が不明なら、回復した理由もまた不明。まさに奇跡としかいいようのないその回復に、マリンはもちろん仲間たち全員が涙を流して喜んだのは、わずか昨日のこと。 だというのに、マリンが朝クラウドの部屋を訪れると、そこにはクラウドがいなかったのだ。 「クラウドはどこに行っちゃたの? 昨日の夜、ずっとお話していたんでしょ? ねぇ、ティファ!」 ティファは不安げに見上げる小さな少女に視線を合わせるようにしゃがむと、眉尻を下げて少し困ったように笑った。 「WROよ」 「WRO? どうして?」 その意外な行き先に少女は小さな首を傾げる。 「赤ちゃんを迎えに行ったの」 「赤ちゃん???」 「そう、赤ちゃん。クラウドの大切なトモダチなんですって」 話が見えず、尚も首を捻るマリンに、ティファもまた「私もよく分からないんだけど、クラウドは言い出したら聞かないから」と、苦笑いを零して見せた。 どこまでも広がる青い空と照りつける太陽の下、クラウドはフェンリルに跨り荒野を爆走する。 昨夜、意識を回復させてからティファから聞いたいくつもの話は、クラウドの胸を締め付けるものばかりだった。 心から奇跡を願い、毎日のように見舞いに来てくれていた大切な仲間たち。その彼らが願いを込めて置いていった品々は、確かにクラウドのいたあの白い部屋に届いていた。 彼らは生きているのだ。生きて共にいて、クラウドが迷い消えないように導いてくれる。 そんな彼らをこれ以上悲しませてはいけない。心配をかけた事を申し訳ないと思うと同時に、その選択をしなかった事にクラウドは少なからず安堵した。 そして、ティファの話に雑談が混じり始めた頃、この世界で起こっていた不思議な赤子の話にクラウドの関心は引き寄せられた。 「WROに保護されていた赤ちゃんも助かったらしいわ」 「赤ん坊?」 「1ヶ月くらい前にミッドガルの近くの崖で発見された子よ。雨ざらしになった上、とても衰弱していて体中傷だらけで、どこかで酷い事をされて捨てられたのかもしれないってずっとWROで治療を受けていたの。ずっと瀕死の危篤状態で助からないかもしれないって言われてたんだけど、その子も昨日、奇跡的に意識を取り戻したらしいわ。クラウドと一緒の頃によ」 「……」 「昨日は、奇跡の起こる日だったのかもしれないわね」 そういって微笑むティファに、クラウドは青く澄んだ瞳を向けた。 「その子供の特徴は?」 「特徴? ええと…確か黒い髪の男の子で、ほっぺに大きな傷跡があるって聞いたわ」 その言葉にクラウドは勢い良く立ち上がった。 疑う余地など、何一つ無い。 それは、何よりも確かな確信だった。 ザックス。 「…お前を、見捨てたりしない」 クラウドはフェンリルを走らせる。 この世界に帰ってきた彼を、今度はクラウドが、守るために。 end. |
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