■ After The Battle サイドストーリー 沈黙の繭 06 罠(1) |
無機質な視線は、ゆっくりと確実に人の神経を蝕み削っていく。 一日、二日、三日… カメラによる絶対的な監視は微塵も緩まず、アンジールの神経をより鋭利にすり減らしていた。 隠れることも逃れることも許されず、取り除く事も許されない無機質な視線。そのカメラの向こうでは、ホランダーがあの不気味な狂気の目で何かを待ちわびている。 いつ止むとも分からない監視と観察。 気味が悪かった。 なのに、村人の誰もがそのカメラを見て見ぬふりをする。 子供のアンジールが耐え切れずに救いを求めて縋ると、誰もが抱きしめてはくれた。だが、最後には決まって『普通にしていなさい』と離されてしまうのだ。 不安は消えない。 沈黙の中に答えは見つからない。 そんな日々に、アンジールの中にはやがて黒い闇が広がり始めていった。 なぜ、自分は守ってもらえないのか。 なぜ、自分はジェネシスのようにかくまわれないのか。 ジェネシスだけを守れれば、自分はどうなってもいいのか。 自分はいらないのか――― 「こほ…」 息が詰まりそうな村の中で、空気を求める魚のように空を仰ぐ。空は青から赤に色を変え始めていた。 やがてまたこの青は闇に染まる。 いつしかアンジールは、その闇から逃げるように沈む光に向かって歩き出していた。 「違う…」 光は村から離れ、森の中へと沈んでいく。 まるで何かにうなされるように息苦しさで肩を揺らしながら樹木を支えに使い、森の奥へ奥へと入っていく。 「ちがう…そんなわけない」 後ろから追ってくる闇から逃げるように、否定するようにつぶやきながら、足を速めていった。 小さな学校に並べられた2つの机。 木の枝から下がった2つのブランコ。 枝から枝へと渡る2本並んだロープ。 子供のいないバノーラ村で、村人が作ってくれる子供の為の道具は全てアンジールとジェネシスのものだった。 兄弟のように仲が良く、 兄弟のように喧嘩をし、 兄弟のようにいつも当たり前に一緒にいた。 仕事で街に出るジェネシス一家の両親が、おみやげにと買ってきてくれる靴も同じものが2つ。 アンジールとジェネシスは顔も髪の色も誕生日も違うけれど、瞳の色は同じ、背格好も同じ、成績も同じ。 まるで双子の様な2人。 同じ2人。 違う――― 幼い頃から、村人皆に可愛がられてきた。 ジェネシスと自分は別の子供――― ジェネシスと2人で、ずっと育ってきた。 ジェネシスと2人――― 誰もが仲がよい村で、皆が家族で。 ジェネシスと2人だから? 皆に褒められて… ジェネシスがいたから? 違う 違わない――― 俺が ジェネシスが――― 守られないのは ジェネシスがいれば――― 俺は 必要ない から 「違う!!!」 アンジールの叫び声に驚いた森の鳥達がいっせに羽ばたき、やがてそれは逃げるように飛び去っていった。 「…ちがう……」 太陽は落ち、空は光を失い始めていた。 伸びていたアンジールの影も、見る見るうちに闇の中に溶けるように消えていく。 闇からは逃げられない。逃げられないのだ。 「う…」 我慢強いアンジールの視界が歪み、熱いものがこみ上げてくる。 泣いて逃れられるものじゃないことは分かってる。けれど、それで耐えられるものでもない。 子供が抱えるには、あまりにも抽象的で、あまりにも深い闇だった。 「ぅ…ひっく…」 堰を切ったように次々に涙は溢れ出てくる。 だが、その時、 ズシ… ヘトヘトになったアンジールの足元を、緩く震える地鳴りが響いた。 「……」 何かが来る。 その初めての地鳴りにアンジールの意識が向いた。 ズシ… ズシ… やがてその規則的な音は規則的に回を追う毎に確実に大きくなり、そして… グオオオオオ!! 突如として耳を裂くような咆哮をあげると、森の木々をなぎ倒しアンジール目掛けて猛進を始める。 アンジールの本能的な警告音が鳴るよりも早く現れたその大きな影は、巨大な角と獰猛な牙を持つ魔獣、キングヘビーモスだった。 |
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