■ After The Battle サイドストーリー 沈黙の繭 02 2人の子供(1) |
「行ってきまーす」 小さく素朴な白い家を出て右へと上がる坂道を、その子供は大きなバスケットを持ったまま元気よく駆け上がって行った。 名前はアンジール・ヒューレ。歳は8歳。 黒く短い髪と光沢のある青い瞳を持った、自然豊かなバノーラ村のただ一人の薬師、ジリアンの一人息子だ。 「ジェーネシース!」 目指すは丘の上にある同い年の親友の家。 子供でも余裕で回れる小さな村の中ではその距離も遠くなく、アンジールはまだ到着もしていない内から親友の名を明るい大きな声で呼んだ。 「おーい、ジェーネシース!」 ジェネシスの家はりんご農家を営む、村で一番のお金持ちだ。 その屋敷はアンジールの家の何倍もある。 幼い頃から何度も訪れてすっかり見慣れた光景ではあるが、アンジールはその大きな屋敷を見る度に「大きくて掃除が大変そう」と、8歳にしては所帯じみた事を本気で思う。 それを言うと同じ一人っ子のジェネシスからは「お前は『母ちゃん』か」とツッコミを入れられるが、忙しい両親を小さな頃から手伝ってきたアンジールにとって、掃除と洗濯を子供がするのは当たり前の事だった。 遠い街まで働きに出ている為、週末にならないと家に帰れない父と、父の分まで全てをこなす多忙な母のために手伝いたいという思いもあるが、それ以上に手伝う事で褒められ抱きしめられる事がアンジールにとって最大の喜びだったのだ。 そんな素直で心優しいアンジールのお手伝い項目に、最近は料理も加わってきている。 今、アンジールが手に持っているバスケットの中には、その新作の焼き菓子が入っていた。 『今日は一緒にランチをしよう』と招待してくれたジェネシス一家へのプレゼントに用意したものだ。 アンジールは時よりそのバスケットの中を小さく覗き込んではその出来栄えに満足そうに微笑み、到着した大きな玄関のドアをノックした。 時間は正午より少し前。 時間はピッタリだった。が…、 「…あれ?」 いつもならすぐに出てきてくれる親友の母であるアリアは現れず、アンジールはポツンと玄関に取り残されてしまった。 「変だなぁ。今日じゃなかったかなぁ?…」 一向に開く気配のないドアに首を傾げ、もう一度親友の名前を呼ぶ。 「おーい。ジェネシース!」 だが、シンと静まりかえった屋敷からは誰も出てくる様子はなかった。 「困ったなぁ…せっかくの焼きたてなのに…」 そうぼやいてバスケットの蓋を空けようとしたその時、 「何を焼いたって?アンジール」 アンジールの背後から聞きなれた声がして、アンジールは振り返る。 そこには村で一番大きなバノーラ・ホワイトのリンゴの木があり、その枝並みに隠れるように枝に座り込んでいた栗色の髪の親友の姿があった。 「ジェネシス!なんでそんな所にいるんだ?おばさんは?」 「…いない」 「どこかに行ったのか?」 「知るもんか。それより何を焼いたって?」 母親と何かあったのか、ジェネシスはアンジールと同じ青い瞳を潤ませ、拗ねたように口を尖らし答える。 だが、それよりもお腹が空いているのか、アンジールのバスケットから視線を逸らそうとしなかった。 「りんごマフィン。新作なんだ。食べる?」 「早く来い」 アンジールがバスケットを掲げれば、ジェネシスは口を尖らせたままゴクリと喉を鳴らし、座っている位置をずらす。 素直に「食べたい」と言わず命令形になるのはジェネシスが思い通りにならずイラついている時の証。 そんなジェネシスの話を聞いてやるのはアンジールの役目だが、まずは腹ごしらえが必要そうだとアンジールは眉尻を下げる。 そして、そんな正直で素直じゃない親友の要望に答えるべく、バノーラ・ホワイトの木に登っていった。 |
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