■ After The Battle 
第二章 
第1話 金の糸 01 


  
「いたいた! うっわぁー、かっわいいな-! お人形みてぇ」
 円形階段の上段フロアの手摺りから身を乗り出し、エントランスのフロアを見下ろしたザックスはその藍色の目を輝かせた。
「可愛い人形?」
 その隣に立ったアンジールは不思議そうに首を傾げ、再びエントランスを見下ろす。
 いまエントランスには、今年入社が決まった新人兵士達がそれぞれの配属場所に移動するためごった返していた。年齢は10代後半から20代前半と様々だが、神羅の兵士を志願するだけあって、それなりに腕っ節には自信がありそうな者達ばかりだ。決して『可愛いお人形』などと言った要素はカケラもない。
 そもそも、彼らより若くあいもかわらずの子供っぽさを残したザックスが、何を指して『可愛いお人形』と言うのだろう。
「ザックス、どこがだ?」
 疑問の拭えないアンジールが確認するように尋ねると、ザックスは迷わすにピンと腕を伸ばし、その場所を指さした。
「あれあれ、あの子!」
「あの子?」
 アンジールがその先を追うと、そこには人の波にチラリと見える小さな金髪の髪が見えた。背が低いのだろうか、右往左往する人の波に埋もれて時々姿を消してはまた現れる。まるで背の高い草の中に隠れるひなチョコボのようだ。
「少し小柄そうだな。あれがどうした?」 
「クラウド!」
「クラウド?」
「名前はクラウド! それ以外は知らない」
「……」
 キョトンとした目でアンジールはポカンと口をあけた。
 これはデジャ・ヴュだろうか? 以前も見た光景だ。目の前にいるザックスに、ザックスが入社した時のセフィロスが重なる。あの時のセフィロスも全く同じ言葉を言った。
「…知り合いじゃないのか?」
「うん。向こうは全く覚えてないと思うし、俺もどんな奴になってるかは分からないんだ。でも、いいんだ~。へへ、見っけた」
 そしてアンジールを置いてきぼりでひとりで楽しんでいる様も、あの時のセフィロスと同じだった。これには不満には寡黙なアンジールも、やれやれと溜息のひとつもこぼしたくなる。
「…ザックス、俺と話す気があるなら俺に分かるように話せ」
「え? あ、うん。ええっと、あいつクラウドって言ってね…」
 そしてアンジールにたしなめられたザックスが話を始めようとした時、アンジールのズボンのポケットの携帯が鳴った。

「すまん、電話だ」
「誰?」
「ああ、セフィロスだ。 ――俺だ、どうした」
 携帯の画面に出た名前を確認したアンジールがそれに出ると、電話口から明らかに不機嫌なセフィロスの声がアンジールの耳へと届く。
『どこにいる。トレーニングルームが使用されていないぞ。ザックスのトレーニングはどうした』
「エントランスだ。ザックスが少し寄りたいと言うのでな」
『何故そんな場所にいる。トレーニングの為に連れ出したんだろう。やらないのならすぐに返せ』
「返せって、お前な…」
『アレは俺のものだ』
「そういう意味じゃない」
 こっちはこっちでまた、やれやれとアンジールは溜息を吐いた。
 その『俺のもの』を一刻も早く強くしろと言うから、こうして毎日のように訓練をしているのに、その言い草はないだろう…と、愚痴のひとつも言ってやりたくはなる。
 が、セフィロスとザックスが悪夢のような契約から開放されてから2年。苦難の末にようやく再会して以来、片時も離れずにいるこの2人を思うと、この手の我侭は聞き流してやりたくなるのもまたアンジールだ。
「分かった。すぐに始める」そう言ってアンジールは携帯を切った。
「セフィロス、なんだって?」
「さっさとトレーニングを始めろ、だそうだ。行くぞ、ザックス」
 そして、セフィロスとの通話に聞き耳を立てようと、ずっとピョコピョコと周囲に張り付いていたザックスに軽くゲンコツをすると、アンジールはエレベーターへと向かう。
「はーい」
 そしてザックスもまた、エントランスのフロアに向って軽く手を振った後、アンジールに続いた。



「?」
 ふと、誰かに呼ばれたような気がして、クラウドはその碧い瞳を上空へと向けた。
 威圧感を感じるほど高く広いこのビルのエントランスフロアには、故郷では見た事がないほどの人数が行き交い、今にも目が回りそうになる。
 だが、見上げた先にある円形階段の最上段には、何故かポツンと小さな空白があった。まるで、今さっきまで誰かがそこにいたような、人二人分ほどの隙間。
 クラウドの意識は自然とそこに惹かれた。
(誰か、いた…?)
 漠然とそんな事を思っていると、突然背中からドシンとした衝撃を受け、倒れそうになる身体を足で踏ん張り立て直す。何事かと見返せば、顔も知らない背の高い男が口の端を歪ませながら、クラウドを見下ろしていた。
「おっと、失礼。小さすぎて気付きませんでした」
 そうして薄く嘲笑ったその男に、クラウドは何も言わないまま大きく顔を顰めていた。


 

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