■ After The Battle 
第一章 
番外編 追走者の本分 01 

  

「ザックス。君にひとつやってもらいたい事がある」
「了解!なんでも言って、統括!」
 ザックスは喜びに目を輝かせ、勇むように自分の胸をドンと叩いた。2ndになってから一ヶ月。それまでの遅れを取り戻すための身体作りと、厳しい特訓を重ねてきた中、ようやく2ndとしての初の任務が言い渡されるのだ。張り切らないはずがない。
 その快活な返事にラザードはひとつ頷くと、キーボードを操作しあるミッションをパネルに表示した。
「これをクリアして欲しい」
「え?」
 そのミッション内容にザックスの藍色の瞳が大きく見開く。
「ソルジャー3rd 300人組手…?」
 ソルジャー3rd、300人分の仮想データとの対戦。つまり、在籍するソルジャー3rd全員を倒すというミッションだ。
「統括、これ…」
「これを十日以内にクリアし、君の実力が3rd以上である事を証明してもらいたい。クリアした暁にはそれ相応の対価を用意しよう。だが、実現できなかった場合は…」
 唖然とするザックスの目の前で、ラザードの唇がその続きをはっきりと告げる。

「2ndから3rdへ降格する」





【追走者の本分】





『---Mission failed---』
 無機質な音声がシュミレーションの終了を告げ、世界をデジタルのパーツへと細分化する。
 そのひとつひとつが光の雨となり消滅していく中、中心で一人とり残されたザックスは糸が切れたようにガクリと膝をつき、そのままフロアへと倒れこんだ。
 痺れた手からロングソードが離れ、乾いた音を立ててフロアを滑る。
「…ちっくしょ…」
 冷たい床が頬を冷やし、無慈悲な残像だけが閉じた瞼の中でスパークした。
 ラザードに鬼のような条件を提示されてから3日。連日そのミッションに挑んではいるが、まだ半分にもいかない。
 それもそのはず、つい一ヶ月前まで実験体の身であり、ソルジャーの中でも"最小最弱"とまで言われたのだ。そんなザックスにとって、これがどれだけ無茶な課題であるかは言うに及ばない。
 にも関わらず、何故ザックスを2ndに昇格させたラザード自身がこんな条件を持ち出したのか。疑問はあるものの、それを解く暇もないほど、ザックスの状況は厳しいものだった。
 何も言わなくなった音声に"敗者"に贈られる労いがあるはずもなく、ザックスはその静けさの中、認めざるを得ない己の非力さを痛感していた。

「また失敗か。本当に本気でやっているのか」
 シミュレーションルームのドアが開き、一定の足音を響かせながら淡々とした声が近づいてくる。機械よりも心地よく、だが機械でないから痛い所を突くその声は、ザックスの絶対的上官であるセフィロスだ。
「…本気だって…」
「ならばそれがお前の実力だとでもいうのか? 俺を失望させるな」
 劣等感に苛まれていると分かっていながら、あえてそれを切り込んでくるセフィロスに、ザックスはへにゃりと眉尻を下げる。
「俺だって降格なんてしたくない…」
 だが、縋るように絞り出したザックスの声をセフィロスはピシャリと払い除けた。
「弱音は認めない。脱落も認めない。クリアしろ。命令だ」
「セフィロス…」
「落ち込む暇があるのならさっさと次の行動に移せ。時間を無駄にするな」
「……」
 ザックスは喉仏まで出かけた言葉をグッと飲み込み、冷たいフロアに手をつくと重たい身体を持ち上げるため、腕に力を入れた。

 誰もが分かっているこれは"無茶な試験"だと。だが、無茶は本分なのだ。
 遥か彼方にいる世界最強の戦士であるセフィロスと同じ場所に立とうとしている以上、ザックスが這い上がらなければならない段はとてつもなく大きい。
 それを乗り越えなければならないのだ。無茶以上の事をしなければ到底追いつけなどしない。今さら無茶が何だというのか。
 だが、成長もままならなかった現実の腕はガクガクと大きく震えて思うように力が入らず、鉛のような体は再びフロアへと崩れ落ちた。
「…立てない…」
「自分で回復しろ」
「…魔力ない…」
「お前の生命線である魔力まで使いきったのか、愚かな。手は貸さないぞ。さっさと立て」
「…っ…」
「甘えるな」
「…イエッサ…」
 セフィロスの激が飛び、ザックスは震える腕を叱咤し再び力を入れた。
 もう"守られるべき可哀想な子供"の時間は終ったのだ。これからは自分のこの手足で這い上がっていかなければならない。どんなに苦しくても、何としててども。

 

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