■ After The Battle 
第一章 
第6話 紡 -tumugu- 13 

  



 長い夜が明け、ミッドガルにまた太陽が昇る。
 重い頭を何とか持ち上げ、アンジールはベットから起き上がった。
「…っ、痛ぅ…」
 重い頭痛に眉をしかめ、喉の渇きと胸のむかつきに大きくため息を吐く。完璧な二日酔いだ。
「…やれやれ…」
 翌日に酒が残るほど泥酔する事など通常ではありえないアンジールだったが、昨夜ばかりはそうは言ってなどいられなかった。
 1年間、命をかけて守り通してきたザックスがセフィロスと共に開放され、やっと再会が果たせた日。2ndになったザックスの昇進祝いも兼ねて4人で祝杯を交わした記念すべき夜だった。
 が、ザックスがセフィロスと共に部屋に帰ったその後、大きな肩の荷が降りると共にとてつもない寂しさがアンジールを襲った。そしてそんなアンジールに、ジェネシスは悪魔のような笑みを浮かべおもむろにこう言ったのだ。

『これで子犬の処女も喪失だな』

 その瞬間、アンジールの頭の中でビキッと大きな亀裂音が響いた。
 そして、『朝には子犬はもう別人だ。おめでとう"お父さん"』と揶揄したジェネシスの言葉を聞き終わるよりも先に、何かがガラガラと崩れていった。


「…考えなかったわけじゃない…」
 重いため息と共にアンジールはガックリと肩を落とす。
 幾多もの困難を超え、やっと再会した二人なのだ。その根底にどんな感情があるにせよ、どちらかがその気になってしまえば起こらない話ではない。だが、
「ザックスはまだ子供だぞ…」
 ポツリと呟くと同時に、それは彼らにとって何の意味も無いのだとアンジールの中の友情が諭す。それほどの事を二人は乗り越えたのだ。だがしかし、ザックスはやはり子供だと再び思いなおす。
 そんな理解と道徳の狭間に苛まれ、昨夜はもう飲まずにはいられなかったのだ。
「はぁ…」
 再び深いため息をつき、このままではいけないと頭を振る。自分が悩んでも仕方が無い事なのだ。
「少し頭を冷やすか…」
 ふと時計を見れば、毎日の日課だったザックスを起こす時間になっていた。
 朝になるとザックスの部屋に行き、その日の体温を測り、顔色を見、調子を聞き、問題が無い事を確かめてからやっとその日が始まる、そんな日々を一年繰り返した。
 だが、アンジールの腕にぶら下がり起こしてくれと甘えてはしゃぐザックスはもういないのだ。
「……」
 胸にキュッと締め付けられ、再びそれを吐き出すために息を吸ったその時、寝室のドアの向こうからその声は響いた。
  
「アーンジールー! ごはんできたよー!」

「あ?」
 耳を疑うアンジールの耳に、続けて寝室のドアを叩く音とあの明るい声が飛んでくる。
「アンジールー! あけるよー!」
 そして言い終わらぬうちに開いたドアからは、ひょっこりとザックスが顔を出し、アンジールの顔を見るとニッコリと笑った。
「へへっ。目標達成! 俺、アンジールを起こすの夢だったんだ」
 いつも起こしてもらってたからさ、と嬉しそうに笑いザックスはヒョコヒョコと入ってくるとアンジールの前に立ち「おはよー!」と元気に挨拶をする。着ているタボタボのシャツはセフィロスのものだが、下に履いているボトムはザックスがいつも着ていた部屋着だった。
「服を…、取りに来たのか?」
 何故ザックスがここにいるのかと、驚きのあまり回らぬ頭で何とか言葉を搾り出す。だが、ザックスはそれを知ってか知らずか、目をクリクリさせたまま応えた。
「それもあるけど、ごはん食べに来た」
「ごはん?」
「だってセフィロスんとこ酒ばっかで、なーんにも食べるもの無いんだ。だから作りに帰ってきた!」
 帰ってきた。そんな小さな一言にどこか嬉しさを覚え、アンジールの胸にジワリと暖かいものが広がる。
「アンジールの分も作ったから、一緒に食べよ」
「あ、ああ」
 ザックスに手を引かれ、やっとベットから立ち上がる。
 アンジールの手に感じるザックスの指は小さく細く、そして先ほど見た笑顔も昨日となんら変わりない。ジェネシスの言った事を真に受けたわけではないが、そんな事にアンジールはホッと胸をなでおろした。
 そして、この小さな手から感じる生命力にこそ自分は力を貰っていたのではないかと、今さらながらに感じていた。
 


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