■ After The Battle 
第一章 
第1話 銀の糸と黒い珠 06 

  
 
 
 それから6年。




 その名を世界に轟かせ神羅の英雄として絶対的な存在となったセフィロスは今、神羅ビルの大きなエントランスの吹き抜けのフロアにある円形階段の上から、フロア全体を覗いていた。
「お前がエントランスまで降りてくるのは珍しいな。どんな風の吹き回しなんだ、セフィロス?」
 共にいるのは同じソルジャークラス1stのアンジール。この世に3人しかいない最強の戦士の内の2人が揃ってエントランスに降りてくるのは珍しい光景だった。
「新入りを見にきた。今年は特別だからな」
 そう言ってセフィロスは楽しそうにロビーを見下ろす。
「?何が特別なんだ?」
 アンジールもロビーを見下ろすと、そこには今年入社が決まった新人兵士達でごった返していた。どうやらそれぞれの所属に合わせて移動の振り分けをしている最中らしく、整列もされない人の山に警備兵も戸惑いながらウロつく。
 だがこれも毎年見かける光景となんら変わりはなく、いったい何が特別なのかとアンジールは首を傾げた。と、その時、

「セーフィローーース!」

 突然、子供の高い声がロビー一面に響き渡り、その声よりも呼ばれた名に反応した人々が一斉にざわめきだす。
「セフィロス!こっち!こっちー!」
 子供の声は変わらず自分の存在の主張を続けているが、その声も次第にセフィロスの姿を確認した周囲のざわめきに消されて行く。
「あそこにいるのセフィロス?!」
「凄ぇ、本物!」
「初めて見た!感激だ!」
 次々にどよめき出した歓声に、パニックを危惧したアンジールがセフィロスを諭し始めた。
「おいセフィロス。さすがにそろそろ…」
「いや、ここで待つ」
「セフィロス?」
 騒がれる事には慣れているとはいえ、その騒ぎが面倒なセフィロスは必要以上に大衆の前に出る事はない。にも関わらずこの場を動かない理由が分からず、アンジールは不思議そうにセフィロスの視線の先を見た。
「ちょ、ちょっと通して!わっぷ…!セ、セフィ…!」
 先ほどの子供の声がパニック寸前のロビー内を移動して行く。そして、ようやく人ごみの端からひょこんと黒くて小さな丸い毛玉が飛び出したかと思えば、警備兵の制止をチョロチョロと交わしながら階段を登って駆け上がって来る。
「もしかして、アレか?」
 アンジールがセフィロスを見やれば、セフィロスは軽く口角をあげ、かつてゴンガガという村で見せたあの自慢気な笑顔と浮かべていた。
「ああ。アレだ」
「何なんだ、アレは?」
「…分からないか?」
「あ?」
 何やら含みのありそうな言い方にアンジールは戸惑うが、セフィロスはただ笑って返すのみ。
「名はザックス。俺もそれ以上の事は知らん」
「…?」
 そして、セフィロスのさらなる返事にアンジールはなおさら首を傾げるしかなかった。

「セフィロス!」
 息を弾ませながら階段を登りきると、ザックスは満面の笑顔を浮かべ一目散ににセフィロスに走り寄ろうと足を踏み込む。
 が、その瞬間
「調子に乗るな!小僧!」
 横から伸びてきた腕に首根っこを掴まれザックスの体は宙へと浮いた。
 ザックスが振り返れば癖のある紺の髪に魔晄の瞳が、あからさまに嫌悪の念をもってザックスを睨んでいる。制服からソルジャー2ndである事に間違いはない。が、ザックスの勢いはひるまない。
「なにすんだよ!」
「新入りは床掃除から始めろ!ソルジャーでも無ぇくせに英雄に近づくなんざ100年早ぇんだよ!」
「なにおうっ…!」
 ザックスの反論も聞かず、そのソルジャーは反動をつけると階段上からザックスを宙に放り投げた。
「うあああっ!」

「おい!」
 その光景に思わず身を乗り出したアンジールの肩をセフィロスが止めた。
「大丈夫だ」
「子供だぞ!」
「問題無い」
「しかし!」
 アンジールが肝を冷やしながら視線を向けた先、小さな仔犬のような身体はクルクルと回ると、衝撃を吸収しながらロビーフロアに激突。そのままゴロゴロと転がりながら集団の中に転がり込んだ。
 そのド派手な落下に、そこにいた全ての人間が固唾を飲みフロアがシンと静まり返る。
 やがて…、
「痛ってえーーーっ!!」
 声だけはやたらと元気な悲鳴が響き、安堵の空気と救護の手配でフロアは再び騒ぎ出す。
 それを目下に見下ろし、ザックスを放り投げた2ndソルジャーは舌打ちをしながら踵を返していった。

「良かった。とりあえず無事そうだ」
 安堵の溜め息を漏らすアンジールの横で、セフィロスは楽しげに口角をあげる。
「あれくらいでは死なんだろう」
「だが怪我は確実にする。入社前の人間を怪我させてどうする」
「俺はやれとは言っていない」
「ああ、アイツが勝手にやった事だろう…たくお前のシンパは過激な奴が多くて困る」
 言いながらアンジールは周囲を見渡したが、すでに問題のソルジャーはいなかった。
 後で少し言ってやるかとアンジールが思案していると、踵を返すセフィロスの姿が視界に入り顔をあげた。
「行くのか?」
「用が済んだ」
 セフィロスがそのままエレベーターのスイッチを押すと、機械音を立ててドアが開く。
「アンジール」
「ん?」
「ザックスを頼む」
「なに?」
 アンジールがその言葉の意図を確認するよりも早くセフィロスはエレベーターに乗り込むと、そのまま上階へと上がって行く。
「頼む…か」
 初めてに等しいセフィロスのその言葉を繰り返し、アンジールはいつか見たセフィロスの嬉しそうな顔を思い出していた。
 セフィロスの意図は分からないし、ザックスという子供が何者なのかも、セフィロスとどんな関係があるのかもわからない。
 だが、アンジールが見た『初めての表情』をセフィロスは見せた。
「任されてみるか…」
 何かが始まる予感も、アンジールをそれに関わる理由も、それだけで充分だった。






【第1話・完】




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