■ After The Battle 
第一章 
第1話 銀の糸と黒い珠 01 

  
 
 
「ザックスー! ザーック! お昼ご飯だよ! 帰っておいでー!」
 深い森に囲まれた農村の村、ゴンガガ。
 この村では決まって食事時間前になると、やんちゃ盛りの息子を呼ぶ母の声がこだまする。
「ザックスはまた飛び出して行ったっきりかい? 相変わらず元気だねぇ」
 近所の老婆がクスクスと笑いながら声をかけてくると、母のミレンダはヤレヤレと行った具合に肩を落とした。
「そうなんだよ。毎日毎日いったい何処まで行ってるやら。特に今日は森の奥に調査の人が来るから、家で大人しくしてなさいって言ったのに」
 少しもジッとしていない元気がありあまっている子供に手を焼く母。その幸福ならではの姿に老婆は優しげに頬を緩める。
「あの子はいくつになったんだい?」
「7歳だよ」
「もうそんなになるのかい、子供の成長は早いねぇ」
 そう行って老婆は嬉しそうに目を細めた。

 ミレンダの子供のザックスは、5年前に通りすがりの男から頼まれた孤児だった。突然やってきたその子供に村の人々は戸惑ったが、そんな人々の困惑を吹き飛ばす勢いでザックスは誰にも懐いて抱きつき、その笑顔で村中に受け入れられていった。
 なにより、ザックスを愛する夫婦の姿があまりに幸福そうで、それを壊すようなマネが誰にも出来なかったのだ。
 『ザックスはゴンガガの子』それを疑う余地もないほど、ザックスはこの地に溶け込み人々から可愛がられていた。

「森の奥にさえ行かなきゃ、どこで冒険ごっこしても構わないんだけどね」
「それだけお兄ちゃんになったんだ、村の決まりはちゃんと守れるさ」
「だといいんだけど…」
 ミレンダが心配そうに見上げた空に、『神羅』のロゴがついた黒いヘリが通りすぎていった。





「ツォンさん、到着しました。まもなくポイント上空です」
 最新の機器を装備した神羅ヘリの内部。その操縦士が背後の黒服に報告の声をかけた。
「了解。…行けるか? セフィロス」
 ツォンと呼ばれた額に特徴的なビンディを持つ黒いスーツの青年は報告を受けると、さらにヘリの奥にいる少年へと声をかける。すると、ほどなくして「ああ」と短く返事が返り、ヘリの奥で銀の髪が揺れた。
「今回はあくまでも調査が目的だ。魔晄濃度と排出量の測定。近隣のモンスターは発見次第討伐すること。ただし、その際に村人を巻き込むのは禁ずる」
 表情を変えぬまま淡々と任務内容を告げるツォンの最後の言葉に、セフィロスは鬱陶しそうに眉間に皺を寄せて視線を向けた。
「面倒だ。弱い者がモンスター出現エリアまで来たのなら死んでも当然だろう」
「…機嫌が悪いな。何かあったのか?」
「別に」
 そのままフイと顔そむけてしまったセフィロスに、ツォンは複雑な思いで口を噤んだ。

 セフィロスの歳は14歳。絹の糸のような長い銀の髪と、宝石のような翡翠の瞳、石像のような白い肌と見た目はまるで完成された芸術のように精巧な少年だが、その境遇は一般の少年とは全く違うものだった。
 神羅で生まれ、赤子の頃から神羅の手によって最強兵器となるべく育てられた子供は、僅か5歳で前線に立ち、初めて人を殺した。
 その後も絶え間なくあらゆる戦術を叩き込まれ、周囲が驚愕するほどの速度でそれを吸収した少年はこの歳にして世界最強のソルジャーとなった。
 だが。
 人としてのあり方を教わらなかったセフィロスの心は希薄で、その瞳は人形のように何も感情を示さない。
 黒い戦闘服に身を包んだ様は常に隙が無く、言葉数も少ない。他人を寄せ付けない冷徹な気配と視線がそこにはあった。

 しかし、そんなセフィロスにも唯一と言っていい存在がある。
 ツォンはそれを口にしようと口を開いたが、それを直ぐに閉じ、半ば諦めのようにため息をつきながら首を横に振った。
 ツォンもまた神羅に育てられた存在であり、プライベートという存在を知らぬほど骨の髄まで叩き込まれた根っからのタークスだった。
 会社の手足となりどんな任務もこなすタークスが、任務外でソルジャーの内部に立ち入るのは分が違う。そんな柵がツォンと留まらせ再び任務の顔へと戻らせた。
「調査の段階でトラブルが起きると魔晄炉建設の交渉に支障が出る為だ。理由はそれで十分だろう」
「…そうか」
 つまらない返事だと言わんばかりに感心の無い相槌を返すと、セフィロスは立ち上がりヘリのハッチを開ける。
 流れ込んでくる風にその銀の髪とロングコートが大きく煽られ、見送るツォンの視界はその2色に染まった。
「ジェネシスとアンジールも到着次第合流する。無理はするな」
「必要ない」
 ツォンの言葉を一掃すると、何の躊躇もなく森の中へダイブし、その姿はすぐに深い緑の中へ消えて行く。
「…必要が無いのは援軍か?それとも私の気遣いか?」
 セフィロスの返事に首を捻りながらも、後者のみか、いや、おそらくはその両方なのだろうと自問自答をしてハッチに手をかけ眼下の森を見下ろした。
「……」
 頼もしいと、一言で言ってしまえば賛辞だが、セフィロスのそれは酷くもの悲しい。そしてそれになす術のない己の立場にツォンは再びため息をつきながらハッチを閉めた。
「戻るぞ」
 パイロットにそう声をかけるとヘリは青空の中へ消えて行った。




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