■ クラウドのお留守番 



  ザックス愛用のオーブンを開き、トレーを少しずらせて中側を覗けば、すぐに見つかる青い封筒に顔が綻ぶ。
「あった! 何でオーブンの中なんだよ。もし、俺が使ったらどうする気だったんだ」
 …って、確かに使わないけどさ。
 独り言を言いながら指先で封筒を揺らし、リビングのテーブルの上に置くとシャワーを浴びに浴室へと向かった。


 ザックスと一緒に暮らし始めてから3ヶ月。
 俺の生活リズムは随分と変わった。
 安い寮とは雲泥の差の1st用のマンションは家事が苦手な俺でもそれなりの生活が出来るくらいのサポート家電が充実してる。
 バスタブはボタンひとつでお湯が張れるし、洗濯だってスイッチひとつで乾燥までしてくれる。
 料理は出来ないけど、ザックスが作って冷凍しておいたものを暖めるだけなら出来るから、その不自由もない。
 ベッドは広いし、気持ちがいいくらいフカフカだ。まさに一般兵には罪なくらいの住居。

 だけど―――

 月の半分くらい、ザックスはいない。


『ソルジャーも人手不足かもな?』なんて言ってザックスは笑うけど、機密まみれのソルジャーの内情は俺には分からない。
 分かってはいけない。
 気になっても確認してはいけない。
 調べてはいけない。
 それが、ソルジャーであるザックスの傍にいる為の絶対無二のルール。一般兵である俺は知ってはいけないんだ。
 そんなザックスはほとんどの遠征も黙って行く。もちろん、どこへ行くかもいつ帰るかも言わない。当然、連絡は不可。
 普通なら、残された俺は不安で心細くていたたまれなくなってると思う。
 でも、俺には心を支えてくれる強い味方があった。それがあの青い封筒だ。



 シャワーを終えると髪を乾かし、ザックスが冷凍してくれていたピラフを温めた。食事をしながら俺はやっとその封筒を取る。
 綺麗に封を開けて中の便箋を一枚開けば、中にはザックスの文字。



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『クラウドへ。
 
 おかえり。
 今日もお疲れさん。
 
 クラウドの事だから、毎日、自主トレとか欠かさないんだろうな。
 でも、あんまり無理はするなよ?どんな効果的なトレーニングも続かなかったら意味がないからな。
 俺のオススメはスクワットだけど、クラウドは頭脳派か技術派っぽいから別のメニューの方がいいかもしれない。
 今度一緒に考えようぜ?
 
 大好きだよ、おやすみ。
 
 
 
 明日はクローゼットの3段目の左隅。

                             ザックス』
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 中身は何でもない手紙。他愛の無い話の時もあれば、ラブレターの時もある。そういえば、恐ろしいくらい簡単なレシピの時もあった。
 今日のはトレーニングの話。…うん、今日もやってきたよ、自主トレ。
「ザックスが考えるメニューって、スクワット以外あんの?」
 クスクスと笑いながらピラフを頬張れば、『ナメんなよ!ちゃんと出来らぁ!』と拗ねるザックスの顔が浮かぶ。
 1人で食べる食事なのに、手紙があると1人でいる気がしない。 
 これは、ザックスが遠征に行っている間、俺が寂しくないように残してくれた手紙だ。

 遠征1日目はリビングのテーブルの上。つまり、テーブルの上にこれがあったら遠征開始のサイン。
 次の日からは手紙の最後にあるヒントに従って毎日一通ずつ。
 ザックスが遠征に行っている間中、部屋のどこかに隠してある手紙を俺は開く。
 必ず書いてある言葉は『おかえり』『おやすみ』『大好き』。
 手紙の最後のヒントがなくなったら、遠征から帰還予定のサイン。



 最初はこの手紙が何を意味しているか分からなくて、7日分を一気に探してしまった。
 その時は全部ラブレターだったのに、俺は不安と心配の方が上回って全く手紙の言葉が頭に入って来ず、神羅ビルのエントランスで戦場から帰ってきたザックスに戦場並みに食ってかかったしまったのを覚えてる。
 あれは人生最大の失態で、今思い出しても顔から火が出そうだ。
「…おかげで公認にはなれたけど…さ」
 今は手紙の意味も、そこに隠されたサインも分かるから、こうして落ち着いてゆっくりと見られるようになった。
 手紙の文字や内容から、ザックスがこれを書いた時の心情を考えると、いろいろな事が分かってくる。

 今回の遠征の手紙は今日で4通目。ザックスの文字は落ち着いて書かれているから、たぶん予め予定が立てられていた遠征。
 手紙の内容は余裕があるものが多いから、任務内容もそれほど重いものではないのかもしれない。
 便箋の皺が少ないのは、家で書いてそのまま隠した証。外で書いたのなら、必ずポッケにしまうからシワシワになるもんな。
「ねぇ、ザックス。手紙からこれだけ読み取る俺って、けっこう頭脳派だと思わない?」
 なんちゃって。
 でも、忙しい遠征前にこれを書いて部屋中に隠し回ってるザックスの姿を思うと、何だか可笑しくて嬉しくて俺は笑ってしまう。
「本当、可愛いよね。ザックスって」
 ザックスがいないのは淋しいけど、少し楽しみなのはこれがあるおかげなんだ。
 ピラフを食べ終り、ディッシュウォッシャーに入れてスイッチポン。これで後片付けも終り。ホント、便利だよね、この部屋。


 だけどさ、ザックス…


 どんなに部屋が便利でも、どんなに余裕を自分に言い聞かせても、もし、サイン通りにアンタが帰って来なかったらと思うとやっぱり不安は加速する。 それでも頑張るから、だから早く帰って来てよ、ザックス。


 何度も読み返し、俺は手紙に何度もキスをする。

 早く。早く。
 でないと、俺のキスの相手は手紙になっちゃうぞ?
 どうするんだよ。もう、アンタにはしてやらないぞ?



 ザックスのベッドで手紙とザックスの枕を抱きしめて眠れば、『おりゃー!封筒に負けてられっかーー!!』と叫びながら青い封筒と戦うソルジャーの夢を見てなんだか笑った。



 うん、がんばれ。 





END








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