■ いつか見る夢 

 


「アンタはいいよな、何でも出来て!」
「…?クラウド?」
 きっかけは些細な一言だった。




 その日、いつものようにクラウドが訓練から帰り、任務明けで休暇中だったザックスが迎えた。
 その日のクラウドは訓練で良い成績が残せず、抱え続けていた劣等感が増していた。自分以外は全てが優秀な人間のように思えて、泣き出してしまいそうな落ち込み方だった。
 だがこれを理由に泣くのは筋違いだという自覚もある。その狭間でまさにやりきれなさがピークだったのだ。
 そんな時に帰宅して見てしまったザックスの顔。
 最年少でソルジャー1stに昇格したエリート中のエリート。外交的で友人も多く人望も実力もある、英雄の右腕。
 そんなザックスの箇条書きがクラウドの脳裏に一気に浮かび、劣等感で殴られたような思いだった。
「おかえり。なんかあった…みたいだな。大丈夫か?」
「別に…」
 心配そうに覗き込んでくるザックスにさえ何故か腹がたつ。
 1人になりたくて、クラウドは早々と部屋へ入ろうとしたが、ザックスの気遣いは続いた。
「風呂入れといたから入って来いよ。飯もできてるから…」
「いらない!」
 ザックスの言葉を感情のままクラウドが遮る。
「ほっといてくれ!何もしたくない!」
「クラウド、いったいどうし…」
「アンタに分かるワケない!アンタと俺は違うんだ!アンタはいいよな、何でも出来て!」
「…?クラウド?」
 言うだけ言うとクラウドは部屋のドアを乱暴に閉めて閉じこもる。
 完全な八つ当たりだった。それは分かってる。
 ザックスだって努力をしてないわけじゃない。それも分かってる。
 だが、結果を出してる者と結果を出していない者との格差はあまりにも大きくて、クラウドの未熟な心は悲鳴をあげた。
 憧れと僻みは裏返し、それは誰しも同じなのだ。
「畜生…」
 制服のままベッドに潜り込むと丸くなってクラウドは悔し涙を一筋流した。




 それから数十分後、クラウドの部屋をノックする音がした。
 だがクラウドは返事もせず、ベッドから出ない。
「クラウド…さっきはゴメンな。俺ちょっと出掛けてくる。飯、食べられるなら食べてくれな?」
 ドア越しにザックスの声がすると、そのまま気配が消える。
「なんで…アンタが謝るんだ…」
 1人になれて内心ホッとしたクラウドがベッドの中で呟く。
 ザックスは何も悪い事はしていない。
 にも関わらず謝る事が出来るのがザックスの愛情であり、自分に向けられる優しさと懐の深さなのだと思うと劣等感の中にも、僅かに幸福感が湧く。
「…水飲も」
 のそりとベッドから起きるとキッチンへ向かった。
 冷蔵庫の中には2人分の食事。ザックスは出掛けるつもりなんて欠片もなかったのが分かる量だ。
「…悪いことしたな」
 帰ってきたら謝ろうと、クラウドは冷蔵庫を閉じた。




「それで?チョコボに冷たくされて俺の所で泣き寝入りか?」
「ゴメン!ほんっとにゴメン!でも、もうちょっと…」
 セフィロスの部屋のソファに顔を伏せ、頭からクッションを被ったままザックスは隣に座るセフィロスに必死に詫びた。

 泣きそうな顔のザックスが突然セフィロスの部屋に押し入り、勝手知ったる場所とソファにダイブしてから1時間。
 始めは何も言わずにいたセフィロスだが、あまりのザックスの落ち込みぶりにそろそろ痺れも切れ始めた頃、ようやくザックスも話始めたのだ。
「『今夜は一緒にいてくれ』と、正直に言えばいいだろう?得意の素直さはどうした?」
「クラウドだって色々あるんだ。俺の都合を押し付けられるかよ。俺にだってそれぐらいの良識はある」
「…の、わりにはお前は俺には遠慮無く押し付けてくるが?」
「アンタは別…んで、クラウドは特別」
「意味が分からん」
 呆れ口調ではあるが、手はポンポンて優しくクッション越しに頭を撫でた。

 今日はアンジールの命日だった。
 ザックスの師であり、セフィロスのかけがえのない友人が天に召した日。
 手掛けたのはザックスであり、そうなると予想しながらも止めなかったはセフィロスだ。
 アンジール自身の決断だったとはいえ、今でも後悔や無念は残る。それを味合わせられる日でもあった。
「あー!もー!くっそぉ…」
 ようやくクッションの下からザックスが頭を出し、今度はクッションを抱え込む。
 息苦しかった姿勢から解放された肺が新鮮な空気を求めて深呼吸をした。
「やっぱ結局こうなったか…アンジールに怒られそうだ」
 真っ赤な目をしたザックスが両手で顔を覆いガックリとうな垂れる。
 泣くなと、言われたわけではない。だが、悔やんで泣くと、ソルジャーとしてアンジールが自分で選んだ最期を受け入れていないような気がして、泣きたくはなかったのだ。
 せめて今日一日は頑張るつもりだったが、知らず気を張り詰めていたのだろう、思わぬ一言で簡単に挫けてしまった。
 『何でも出来る』は褒め言葉ではない、時に相手を切り離す刃になる。
 そして一度挫けた心は、雪だるま式ににゴロゴロと転がって巨大化してしまった。

 ポロリとまた涙が零れると、ザックスは慌ててこすっては顔をくしゃくしゃにする。
 だが、セフィロスはそんなザックスの様子に口角をあげた。
 日頃はバカがつくほど笑っている大人ぶった男だが、こうして落ち込み泣く姿は子犬の頃から変わらない。幼い頃から見てきたセフィロスにとっては、こっちこそが本音の姿のように見える。
「ジェネシスあたりは面白がりそうだな」
「絶対に言うなよ?!アイツにバレたら何日いじられるかわかりゃしないっ!」
「いいだろう。言わないではおいてやる」
「…あれ?」
 素直な答えのセフィロスに驚いてチラリと顔をあげると、携帯で素早く写真を撮られた。
「約束は『言わない』だ」
 真っ赤な目で泣きはらしたザックスの写真を片手に、セフィロスは悪魔の笑みを浮かべた。
「畜生、このドS組め…」
 いまだにジェネシスは行方不明のままだ。
 だが行方不明でも友人である事は変わらない。2人は常にまた会える前提を崩さなかった。
 ジェネシスが神羅から解放されたいなら帰らなくていい。行方不明のままでも構わないし、自由への協力も惜しまない。
 ただ、生きてさえいてくれれば、いつか何らかの形で再会出来ればそれでいいと願っている。




「落ち着いたなら、帰るといい。チョコボが待っているんだろう?」
 携帯を操作しながら、再びザックスの頭をポンポンと軽く叩いた。
「どうかな…1人になりたがってたし。俺がいない方が落ち着くかも…」
「そうか、顔を合わせてまた冷たくされるのが嫌か。臆病者め」
「…分かってんなら聞くなよ…」
 しょんぼりと項垂れて、長い手足を丸めてしまったザックスはまるで捨て犬だ。
 拾っても構わないが、自称捨て犬では後々面倒が起きる。さて、どうしたものかとセフィロスが考えていると、ザックスの携帯が鳴った。
「ん? カンセルだ…なんだろう。 …はい、ザックス」
 相手を確かめて電話に出る。
『おい、ザックス!お前、今どこにいるんだ?もしかして英雄の所か?』
「うん、そうだけど。どした?」
『なら、すぐにクラウドに連絡しろ!アイツ今、お前が行きそうな所に電話しまくってるぞ。どうやらサー・アンジールの命日だって事を思い出したらしい』
「…マジで?」
 ザックスの表情が真剣に変わり、クッションを離す。
 クラウドにはアンジールの死について詳しくは話していない。だが、モデオヘイムに同行していたクラウドが何となくでも察する事は、それほど困難な事ではないだろう。
『英雄の部屋なんて一般兵には神の領域だ。そんな日に逃げ込まれたら、チョコボの奴、再起不能になるんじゃないのか?』
「うわ…やべ」
 電話を切り慌ててセフィロスに向き直ると、セフィロスは携帯の画面を向けてきた。
 画面にはマンションの監視カメラの映像が映っており、そこには暗がりからマンションを見上げるクラウドの姿が映っている。
「この場所はセキュリティー管区外だ。急いだ方がいい」
「マジかよ!セフィ!俺、帰るわ。悪いけど顔治して!」
 泣きはらしてぐちゃぐちゃになった自分の顔を指差しセフィロスを急かす。
「そのまま行ったらどうだ?チョコボに、実はお前は何も出来ない臆病犬だと思ってもらった方が楽だろう?」
「余計な心配かけたく無ぇの!いいから早く!」
 自分に対する態度とはかなり違う気遣いだと思いながらも、セフィロスはザックスの両目を片手で塞ぐとケアルをかけて治した。
「さんきゅ!あ…でも」
 飛び出そうとしたザックスが数歩で止まると、心配そうに振り返る。
「セフィロスは、大丈夫か?良かったら一緒に…」
 こんな日に1人にすることを怖れ、ザックスは誘ったが、セフィロスは頭を横に振る。
「俺は大丈夫だ。それに、楽しめるネタがあるからな」
 携帯の画面に再びザックスの泣き顔を表示してニヤリと笑った。
「…サイテー」
 嫌そうに眉を寄せると「絶対にやり返してやる!」と捨てセリフを吐いてザックスは出ていく。

 残ったセフィロスは楽しげに笑いながらも、神羅に流れない特殊な回線を使って、ジェネシスにザックスの写真を送った。
 受信するかは分からない。だが、今日ならばジェネシスに届くという確信がある。
 写真一枚のメッセージだが、それで全て伝わるだろう。
「なあ、アンジール」
 今は遠い所にいる友に、セフィロスは目を閉じた。




「クラウド!」
 暗がりにいるクラウドを見つけると、ザックスは慌てて両腕に抱き込む。
「バカ!こんな所にいたら危ないだろ!」
「ザックス…」
 クラウドは思いつめた表情で見上げた。
 謝らなければいけない。ザックスを部屋に居づらくさせたのは自分だ。
 けれどもし、本当は英雄の所に居たくて出ていったのならどうしたらいいのか…、そんな事ばかりが頭の中を駆け巡って仕方がない。
「あの、俺…あの…」
 何故、順を追って、最初の一言から言えないのかと、クラウド自身も嫌になる。なのに。
「…迎えに来てくれたんだろ?ありがとな」
「……」
 ザックスはそんなクラウドも笑顔で抱きしめてしまうから、クラウドは益々言えなくなってしまうのだ。
「俺が成長できないのは、アンタのせいだ…」
 ギュッと、力を込めて抱きついて泣き出しそうな顔を隠せば、金の髪をザックスが優しく梳く。
「そうなのか?なら、責任とってずっと面倒みなきゃな」
「当然だ…だから…どこにも…」
 行くなと、声にもならない声だったが、ザックスには通じたようで「うん」と小さな答えがクラウドの耳に届いた。



 空を仰げば、すでに星が瞬いている。ミッドガルは明るくて、星は数えるほどしか見えないが、今日という時間もそろそろ終りを告げる頃だろう。
「また会おうぜ、アンジール」
 ザックスがそう呟くと、下の方から微かに小さく『クゥ~』という音が腹に響くように聞こえた。
「………」
 見下ろすと自分の腕の中で、真っ赤に茹で上がり焦っているクラウドの耳が微かに見える。
「…クラウド。飯は?」
「さ…冷めてるから、ヤダ!」
 焦りすぎて言う理不尽な理由だが、ザックスは小さく笑うとヒョイとクラウドを背に回しおんぶをする。
「了解!即効で帰宅!アーンド、暖めミッションの開始な!」
 ミッションスタート!の号令と共に、ザックスがミッドガルを駆け抜けた。
 夜中の住宅地のミッドガルは人が少ない。
「なぁ、クラウド。俺、夢があるんだ」
「……」
 クラウドを背負ったまま、息も歩調も乱さず走るザックスはクラウドにそっと話しかける。
「アンジールが居て、ジェネシスが帰ってきてさ…セフィロスとクラウドと俺と、5人でいられる未来を作りたい。ミッドガルじゃなくていいんだ、場所はどこだっていい。…突飛な夢だけど、叶うと思うか?」
「…ザックスなら出来ると思うよ。俺、協力する」
「さんきゅ」
 ザックスが笑う。
 その笑顔を明日も見たくて、その夢に協力出来る自分になる為に明日も頑張ろうと、クラウドは決心をする。


 夢を叶える道筋はまだ分からない。
 だが、叶えようとした者だけが、可能性を見つけられるのだ。




END








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