■  決戦は記念日 

  
 
「ほら、クラウド。出来たぞ。後は型に入れるだけ」
「え?本当に溶かしただけ?」
「そう。な?簡単だろ?」
 そう言って湯せんで溶かしたチョコレートを隣に立つクラウドに見せながら、ザックスはダイニングテーブルの席につき、続いてクラウドも向かいの席についた。
 テーブルの上にはいくつものアルミカップに刻んだナッツやカラーのデコペンが並び、まるでバレンタイン前の女子学生のような有り様だ。
「溶かしたチョコを型に入れて、好きなようにトッピングして冷やし固めたら出来上がり」
「へぇ…チョコ作りって簡単なんだな…」
「難易度は二の次。大事なのは愛情ってね」
 スプーンを片手に自慢気にウインクをしてみせるザックスに、初めての料理(?)にクラウドは首を傾げて「そんなものか」と関心する。
 事実、2人が作っているのはバレンタインのチョコレートだ。
 
 
 バレンタインが明日に近づき、クラウドにチョコレートが欲しいとザックスが強請り出したのは昨日の事。
しかし、この時のクラウドは冷たかった。
『男同士なんだからいらないだろ。興味ないし』と、バッサリ。
 だがしかし、今年は2人が付き合いだして初めてバレンタイン。ここで引き下がっては来年以降もなくなりかねないと、ザックスは市販のチョコでも良いと粘る。が、
『女の子だらけのバレンタインコーナーで、買い物をするなんて恥ずかしくて耐えられない。冗談じゃない』と、さらにバッサリ切り捨てられてしまったのだ。
 ならば、駄目元で手作りを要求しても、『眼中にすらない』と、これまた当然のごとくこっぱ微塵に砕かれてしまった。
 
 にも関わらず、諦めなかったザックスの最後の妥協案が『一緒にお互いのチョコを作ろう』だった。
 面倒なものは作らない、材料も全てザックスが用意をするという事でクラウドも渋々手を打ったのは奇跡に近い。
 クラウドとて男の子。本音を言えばバレンタインに関心が無いわけではない。ただ、愛想の無いクラウドは村でも母親からしか貰った事はないし、ミッドガルに来てからは何故か貰うよりあげる側として話題が降られるようになってしまい、ザックスと付き合ってからはそれが確たるものなってしまった。
 それがどうしても面白くなくて、納得がいかなかったのだ。なぜならば、

(俺は、ザックスの彼氏になるつもりで付き合ったのに…っ!)

 ところが蓋を開ければ年齢、身長、体格、力、それら全てにおいて勝るザックスの方がタチ側の回るのが当然のような扱い。
 たったそれだけ(?)の事で当たり前のように決まった役回りが、クラウドには不満だったのだ。
 だから当然バレンタインも2月14日側は断固拒否したかった。もうこれは意地でしかない。
  にも関わらず、こうして一緒に付き合って作ってあげるのは、自分ももらえるという妥協と、やはり嬉しそうなザックスの笑顔に負けたからでしかない。
 
「ねぇ、ザックス。バレンタインにチョコ貰うのって、そんなに嬉しい?」
「もちろん!クラウドの初の手作りだしな。出来上がったら写メ撮ろうな」
 ウキウキと小さなアルミカップにチョコを入れ、楽しそうにアーモンドでトッピングしていくザックスの姿は、クラウドが見ても可愛いと思う。
 クラウドには無い素直さと、愛想の良さ。それがザックスの良さであり、クラウドが最も好きな所なのだから、出来る事なら自分の腕の中で可愛がってみたい。
 クラウドの野心は今もフツフツと煮えたぎっているのだ、こっそりと。
  
「あ、そうだ。トッピングだけじゃなくて、中に入れても旨いかも」
 そう言って、思いついたように立ち上がるとザックスは早速冷蔵庫を開ける。
「ジャムとか、果物とか。中に何が入っているのか分からないもの面白いんじゃね?」
「あ、ああ…うん」
「な、やってみよ!」
 そう言った発想のないクラウドは曖昧な返事をするが、楽しい事を思いついた時のザックスは即行動派で、クラウドの反応も構わずにさっそく果物を出して切り始めて行く。
 その背後で、取り残されたクラウドは、フト冷蔵後の中にある、あるものに目が行った。
(中に何が入っているか、分からなくてもいいのか…)
 ザックスに気がつかれないように、こっそりとあるものを手に取った時、クラウドの下克上作戦は始まった。
 
 
 
 
「じゃーん!完成!」
 トレイの上に小さなカップに入った様々なチョコレートを並べ、ザックスは御満悦な笑顔を花咲かせた。
「すげー上手く出来たんじゃね?初めてとは思え無ぇよ、クラウド天才!」
「そんなことないよ、本当に難しい事してなかったし…それより、これ全部食べるの?」
 実際の所、本当にどっちが作ったものかは分からない。それはクオリティというより、それだけの数があるという事もある。
「今日中じゃなくてもいいさ、毎日少しずつ一緒に食べようぜ」
 そう言って、クラウドの腕を取ると、顔を近づけてチョコと一緒に2人の写真を携帯に撮るザックスは本当に嬉しいそうで、カシャ、カシャというシャッター音を聞きながら、クラウドはチクリと胸が痛んだ。
 でも、ここで引くわけにはいかない、もう作戦は準備済みなのだから。
 
「なぁ、ザックス…」
「ん?」
「俺さ、一個だけからし入りのチョコを作ったんだ」
「…は?」
 撮った写真をご機嫌に確認していたザックスの目が、何のことか趣旨が分からずにポカンとする。クラウドはあえてニッコリと笑い挑戦状を叩き付けた。
「交互に食べてさ、その一個をちゃんと食べた方が今後タチって事にしない?途中で吐き出したらネコ」
「はあぁ?!……おま…今更何言って」
「俺、以前から納得してないって言ったよね?ザックスはネコが似合うと思うよ?俺よりガキくさいんだし」
「あぁ?!ちょっと待て!それは聞き捨てならないぞ!」
 バン!とテーブルを叩きザックスがクラウドに食ってかかる。付き合い始めて数ヶ月、自分で言うのもなんだが、クラウドには満足させてきた自負がある。
 特に夜の事では、しつこいくらい攻め立て、気を失わせたことだって数えきれない。それを今更不満だったみたいな言い方をされては、男として沽券に関わる。絶対に引くわけにはいかないのだ。
「俺の何に不満だよ!」
「不満なんて言ってない。ただ、俺だってやりたいようにしたい事だってあるんだ。ザックスなら分かってくれるよね?俺の事大好きなんだろ?」
「…ぅ…そこでそれはズルいだろ」
 ザックスとて同じ男なのだから分からない事はない。けれど、自分の中に覚悟があるかといえば、小指の先ほどにも無いのもまた事実で。
「ク…クラウドの気持ちは分かる。 でも俺…覚悟が…」
「自分が出来もしない事を、俺に強要してたの?悲しい…酷いよ、ザックス…」
「…あゥ…」
 金の睫を震わせてクラウドが寂しく俯けば、ザックスの反論は完全に詰まってしまう。
 年齢、身長、体格、力、それら全てにおいてクラウドを勝るザックスだが、所詮はザックス。理屈と情に関しては最弱と言って良いほど弱い。
「ね、ザックス…。俺、この勝負で覚悟を決めるよ。ザックスが勝ったらもう言わないから」
「だから、ダメ?」と、小さなチョコレートを突付いて可愛く小首を傾げて見せれば、途端にザックスは自分の胸を叩き鼻息を荒くした。
「よ、よし、分かった! 俺が食べれば勝ちだな!」
「うん! ちゃんと全部食べてね」
 無邪気な天使の笑顔を浮かべるクラウドの、裏の黒い笑顔にザックスは気が付かなかった。
 
 
 
 
「んんんんん!!!ぐあああああああ!!」
 数十分後、口元を必死に押さえ、脂汗を流しながら号泣してのた打ち回ったのはザックスだった。
「み……水…っ!!」
「ダメだよ、ザックス。吐き出したら負けだからね」
 水を求めるザックスを先では、涼しい顔でミネラルウォーターを飲むクラウドの姿。
 それを見ながら恨めしくザックスを床を叩くが、断固クラウドは応じない。そう、これは勝負なのだ。今、まさしくこの時こそが。
 
 もともとからし入りのチョコを作ったのはクラウドで、どれだけ数があろうと区別がつくのは当たり前。
 元からクラウドは自分が食べる事など想定はしていなかった。狙いはザックスが食べて吐き出す、この一点のみ。
 そのためにどんな事があっても耐えられないように、からし満載のチョコを作ったのだ。
 アレを口にするなんて、考えただけでも全身に鳥肌が立つくらいのものを。
(さあ!吐き出せ!ザックス!!)
 クラウドは下克上の勝利宣言のために、ザックスに見せ付けるように喉を鳴らし、最期の一滴を飲み干す。
「グラッ…ドーーーーー!!!!」
 バンバンと床を叩く音だけが、ザックスの戦う証だった。 
  
 
 
「いやだ!近づかないで!まだなんか、からし臭い!!」
「誰のせいだ!あぁ?!誰のせいでこうなった!覚悟しろよ、クラウド!」
 
 そして、さらに数時間後。ベッドの上でプロレスさながら、組み敷こうとするザックスと必死に抵抗するクラウドの姿がそこにあった。
 脅威の根性を見せ、ザックスがチョココーティングのからしを見事に食べきったのは数時間前。
 そこから腹を壊し、からし臭に涙を流し、何度も風呂に入って体の中も外もきれいさっぱり洗い流すハメになった。それこそ、ソルジャーのHPはマイナスにする程に目も当てられない騒ぎだったのである。
 それがやっと落ち着いてきた頃、やっとクラウドの策略に気が付いたザックスに、クラウドはあっさりと言ってのけたのだ。
「今頃気が付くなんて遅いよね…やっぱりザックスってネコ向きじゃない?」
 これにさすがに忍耐の切れたザックスが、怒り任せにクラウドをベッドに引きずりこんだ。そして今に至る。
 
「覚悟を決めるって言ったよな?!もう何も言わずに覚悟を決めるって!断固そうしてもうぞ!」 
 クラウドの両腕をベッドに押さえつけ、腹の上に座り込む。ザックスの体重を乗せてしまえば、クラウドは逃げられず足をバタつかせるしかない。
「わか…った、する。そうするってば…!  …今月は」
「はぁ?!」
 この期に及んでも怯まず、また何を言い出すのかとザックスは目を白黒させる。
「だから、2月の勝負は俺の負け。今月は大人しくいう事を聞くよ。 だから、3月は雛あられで勝負しよ?ね、ザックス」
「雛あられかよ!つか、2月分短っ!!」
 押さえ込まれながらも、ニッコリと笑うクラウドの笑顔は末恐ろしく、そしてまんまとペースに乗せられるザックス。
 幸先が不安な2人だった。
 
 
 
 
 
 
 
END








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