■ 羽のゆりかご 

 



 女の子にフラれた。

 3歳年上の女の子だった。
 いつもオシャレでヘアメイクも完璧で、時々俺を子供扱いするけどそれも許しちゃえるくらいの綺麗な子。
 むしろそんな大人ぶった所も可愛いな~、なんて暢気に考えてた。
 でもある日、その子は突然艶っぽい表情になると俺にこう切り出したんだ。

「ね、そろそろいいんじゃない? ……セフィロスに会わせて」


 最悪の、フラれ方だった。




【羽のゆりかご】





「……で?」
「おふとん入れて」
「なぜ俺が?」
「なぜもへったくれもあるもんかッ! 俺の恋路を返せ!」
 半泣きになりながら言われようのない文句を擦り付け、就寝中のセフィロスのベッドへ頭から潜り込む。
 何故世界に名を馳せる英雄の寝室に俺が入れるかというと、単純にセフィロスが俺の公私に渡る師匠だからだ。
 俺がソルジャーになって以来の教官で、今はセフィロスの所に居候しながらソルジャーのなんたるかを教えてもらってる。
 どんなことも『できない理由がわからない』という天才型について行くのは大変だけど、それでもセフィロスは俺を見捨てたりしない。
 一見、完璧すぎてとっつきにくい様に見えるけど、優しいんだセフィロスは。

 そんなセフィロスのベッドはこのミッドガル一高級で、ふかふかで柔らかくてあったかい。まるで子供の頃に見た夢の中みたいだ。
 その夢の中をもそもそと進めば、 やがてシルクのパジャマを着た当主の足に当たる。しっかりと安定したその場所をたどって足から腰、腹へと進んでいけばそのままゴール。
「ぷは」
 顔を出すとそこには、いくつもの枕にゆったりと横たわっていたセフィロスが黙って俺を見下ろしてした。
「……なぜ俺が、だ」
 そして『俺の質問に答えろ』と言わんばかりに繰り返される。
「……だって」
「答えろ、ザックス」
「……」
 正直言えばバツが悪い。
 分かってる。これは単なる八つ当たりだ。
 勝手に自分に気があると思い込んで勝手にその気になって、蓋を開けたら見事にハズレでしたっていうオチ。
 バカなのは俺1人だけで、セフィロスは何にも悪くない。……というか、関係ない。
「……ごめん」
 あまりにも自分がカッコ悪くて泣きそうな声を出すと、セフィロスは諦めたようにため息をついて俺の頭に手の平を置いた。
「俺目当てにお前を利用する女はこれまでにも沢山いただろう。何故、学習しない」
 そしてゆっくりと何度も俺の頭を撫でる。髪の根元から先まで指で辿るように丁寧に。
 俺はこの一連の動作が好きだった。俺からは見えないけど、俺の髪にセフィロスのあの長い指が絡んでんだろうなと思うと、それだけも気持ちがいい。
 スルスルって髪が流れて、俺のツンツン頭がセフィロスの髪みたいにサラサラになってるみたいに感じる。いいよなー…あのサラサラ気持ちいいよなー…。
「答えろ、ザックス」
「いてっ」
 でもうっとりとしていたのがバレで、そのままピシャンとおでこをはたかれた。
「ケチ」
「何故、学習しない。だ」
 そしてまた質問を繰り返す。それが純粋な疑問であればあるほどセフィロスはあやふやにはしない。俺が何故同じ事を繰り返すのか本当に疑問な証拠だ。そしてこれが始まると絶対に逃がしてもらえない。
「……だって」
「『可愛かった』は前回。『綺麗だった』はその前。『優しかった』はさらにその前の時に聞いた。今回は何だ」
「ぅ……」
「俺は外見や外面に惑わされるなと何度も言ったな? 覚えられないのか?」
 そして俺のこめかみをチョンと指先で突くとそのままギリギリを締め上げてくる。
「痛い痛い痛い! いたたたたたたた!! 言う! 言うから待って!」
 思わず足をバタつかせ胸を叩いて即効ギブアップ。うう、痛い……確実にピンポイントを狙えるセフィロスはきっと指先で人を殺せる。うん、マジでできる。
「ザックス」
 指は止めてもらえたけど、刺すような視線が痛い。うう、ほんとは言いたくなかったんだけどな……
「……2ndになったから、もうそういうのは無いと思ってた……」
「どういう意味だ?」
「だから! 2ndになったから、もうモテると思ったの!!」
 言いながらボンッと顔から火を吹いた。
「1st狙いの女どもに?」
「知ってるよ、そんな事! どうせ俺はガキだよ、新米2ndだよ! いっつもセフィロスばっかでずるい!」
 案の定セフィロスの視線は冷ややかで、それがあまりにもいたたまれなくて悔しくてふとんの中に潜り込んだ。

 情けない。
 本当に情けない。
 有頂天になっていた俺も、それを指摘されて恥をかいている俺も、それにすねてる今の俺も、全部全部情けない。
 けど泣くもんか、ここで泣いたら負けだ。そう思って必死に丸くなって耐えてたら、俺の目の前にある抱き枕が微妙に震えた。
 最初はふるふるっと1回。

 間をあけて今度は2回。
 それを堪えるように一拍おいたのち、堪えきれなかったように震えは一気に加速した。
「笑うな! セフィロス!」
「ははははははは!!」
 潜り込んだ中から顔を出すと、今度はセフィロスの方がギブアップしたかのように枕に埋もれて額に手を乗せていた。
 ああそうですか。そんなに面白いですか、ごめんねバカで!
「その発想はなかった。確かに3rdよりは2ndの方がクラスは上だな。どんぐり程度には」
「どんぐり言うな! 上がるのすごい大変なんだぞ! セフィロスだって知ってるだろ!」
「すまんな。俺は生まれた時から1stだ」
「マジで?!」
「1stは俺の為に用意されたクラスだ」
「!!」
 2ndに上がるのにどれだけ頑張ったかを言ってやろうかと思ったら、それを軽く吹き飛ばす返事が返ってきて俺のプライドは砂のようにサラサラと風の中に消えていった。
 生まれた時からなんて嘘のように聞こえるけど、でもセフィロスの為に用意されたと言われたらもの凄くありえる。それくらい小さな頃から桁違いなんだこの人は。
「マジかよ……、すげーショック」
「何がだ?」
 俺が何に驚いているのかも分かっていなそうなセフィロスのキョトン顔も、俺のショックをさらに加速させる。
 格が……、格が違いすぎる。
「ザックス?」
 今度は心配そうにのぞき込んでくるセフィロスに小さく首を振ると、抱き着いて顔を伏せた。
「ごめん、うまく言えない……でも」
「でも?」
「セフィロスに追いつくためには、女の子なんて言ってる場合じゃないって分かった」
「そうか」
 セフィロスはそう言って小さく笑うと、再び俺の頭を撫でてくれる。
「それに……」
「それに?」
「ここを誰にも譲りたくない」
 そう言って、セフィロスにおもいきり抱きついた。
 俺が利用されるかどうかなんて関係なく、この場所に俺以外の誰かが入ることそのものが嫌だ。
 絶対に嫌だ。
「……そうか」
 セフィロスは優しい声でつぶやくと俺を包むように抱きしめてくれた。
 あったかくていい匂いで心地いい。
 やっぱり誰にも譲れない。
 こっちの方が大事。
「もう寝ろ。明日の訓練も厳しいぞ」
「うん……」
 
 いつの間にか女の子にフラれた痛手は消えていて、俺は気持ちよく眠りの中に落ちていった。
 こういうのってなんて言うんだっけ……
 俺は
 俺はセフィロスが……
 








end.

 






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