■ 最高のプレゼント 




 「あー…、退屈…」
 ひとりきりの部屋の中で、俺は大の字になってソファーに寝そべった。
「うぉー、すること無ぇー」
 無駄に手足をバタバタと動かしてみたけど、何の意味もない。ああもう、退屈なんてすぐに飽きる。大嫌いだ。
「なんか無ぇかな…。…、お?」
 部屋の中をキョロキョロと見渡し、ローテーブルの下にあった封の開いた紙袋を見つけた。
 赤の紙に金色のインクで小さくプリントされた文字は『MerryChristmas』。ついこの間、ジェネシスから貰ったクリスマスプレゼントだ。
「…そういえば、まだ出してなかった…。でも、出さなくても中身は分かるんだよなァ…」
 ゲッソリするものの退屈に負けてその紙袋を取り中味を取り出す。真っ赤な分厚い背表紙は、嫌というほど見慣れた本…Loveless。
 そう、今年ジェネシスから貰ったクリスマスプレゼントは、まさかのこの本だったんだ。
「今更俺に買ってどうすんだよ、もう散々見慣れたっての」
 もちろん見慣れてんのは外装だけで、中味は全然知らないんだけどな。
 だって仕方ねぇじゃん。ジェネシスがどんなにウットリするものでも、俺には何言ってんだか全然分かんないんだし、興味だってちーっともわかない。
 人には向き不向きってもんがあるんだよ。俺にはこういった類のものは全然向かない。
 そんなこと、ジェネシスは充分に分かっているはずなのに…
「なんでこれを寄越すかなぁ…」
 せっかく貰ったクリスマスプレゼントなのに、ちっとも喜べなかった。それだけが後悔。
 もっとも、この本を手に開く事も出来ずに固まった俺を見てジェネシスは鼻先で笑っていたけどさ。

「……」

 あの時のジェネシスの顔を思い出し、ちょっと俺の気分は沈む。あの笑いは…、いったいどういう意味だったんだろう…。
 どうせバカには分からないだろうって見下し?
 予想通りの反応への皮肉?
 勉強しろって命令?
「ちっともいい事が思いつかねぇ…」
 おかげで浮かれ気分は見事に陥落した。もしそれを狙っていたのなら、見事としか言いようがない。
「まぁ、ジェネシスの悪趣味は今に始まったこっちゃないだけどさ…」
 諦め半分で暇潰しにページを開いてみた。
 どうせ暇なんだ。睡眠薬代わりにでも使ってやるさ。




『深淵のなぞ』


 あー、始まった…もう寝そう…


『しんえん。すごくふかいこと』


「…あれ?」
 ページを開くと、あのワケの分からない叙情詩の隙間にいくつかのメモが書き込まれていた。
「子供の字…?」
 さらにページを捲ると色のついたラインと、いくつものふりがな、さらにその意味。
 書き終わりが右へ上がるこの特徴のある文字は…
「もしかして、ジェネシスの子供の頃の字…?」
 そう確信した俺の目は、自然とその子供の文字だけを追っていった。

『われら。じぶんたちのこと』
『とまどい。わからないこと』
 難しい言葉にはふりがなを。古い言い回しには説明がかかれた沢山のメモ。
 時より間違いをクシャクシャと塗りつぶしてあったり、分からなくて悔しいのか本の端にイラ立ったようなペンの跡があったりする。
 そのどれもが、この難しい詩を必死に理解しようとした子供の痕跡だ。
「そういえば、ジェネシスが初めてLovelessを読んだのって、実家の親父さんの書斎だったって言ってたっけ…」
 どんなに興味を持ったとしても、子供には難しすぎる本なんだ。きっとまともに読む事も出来なかっただろう。
 だけど、子供の頃から負けん気の強かったジェネシスはそれでも諦めずに、何度も何度も調べて、いくつもいくつも書き留めて、そうやって必死に読み進めていったんだ。
「すげぇ…」
 多分これはジェネシスの小さい頃の思い出の本。この世に沢山あるLovelessの中でも全く違う特別なもので唯一無二の存在。
 そんな大事なものを俺にくれたんだと思ったら、じんわりと胸が熱くなった。

「…アンタ…自分のこういう面を見せんの、本当は苦手なくせに…」

 自分の弱さや影の努力を見せるのが嫌いなジェネシス。
 本当は人一倍努力家のくせに、それを一切認めない極度な意地っ張り家だ。特に俺にはその欠片さえ見せてくれはしなかったのに…
「これをくれるって事は、少しは俺を認めてくれたってこと?」
 それとも、いつか俺がこれを開くようになったら認めてやるっていうタイムカプセルなのかな。
 そのいずれにしても、今の俺が見てしまったのだけど…コレってフライングになるんだろうか。
 でも、 さ…

 こんなアンタの幼少期の品がとても愛しいんだ。そう感じるあたり、今の俺でもなかなかじゃない?
「最高のプレゼントだ…。ありがとう、ジェネシス…」
 時計を見れば時間はだいぶ過ぎていた。もう退屈だなんて言ってられない。急がないと!
「今から何か作れっかな」
 こっそりとくれた最高のプレゼントのお返しに、俺もこっそりと何かお返ししてみよう。
 ジェネシスが子供の頃にずっと食べていたバノーラホワイトを使って、何か新作が出来たらいいな。
「さりげなくスムーズに気がついてもらえたらカッコイイんだけど、上手くいくかなァ…」
 ちょっと自信はない。でも諦めずにやってみよう。


 あれやこれやと思案しながら、俺はこの大事な本を本棚へとそっとしまった。




end.










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