■ 「あと5分」の誇示 



 
 その日、ザックスは必殺の勝負に出た。

「俺と勝負だ!ジェネシス!」
 ソルジャーフロアで大勢のソルジャー達がくつろいでいる中、ザックスは、セフィロス・アンジールと共にゆっくりとお茶を飲むジェネシスの前に仁王立ちになり戦線布告をした。
「勝負?」
「そう!そんで、俺が勝ったらなんでも言うことを聞いてもらう!それでどうだ!」
 ありきたりの勝利の報酬だが、ザックスらしいといえばこの上なくらしい内容に、ジェネシスはヤレヤレと肩の力を抜く。
「…何の勝負だ?」
「ジャンケン!」
「ジャンケン?」
「しかも1回勝負だ!」
 どうだ!男らしいだろう!とばかりに指を1本ビシッと立て、ザックスは宣言する。
 たががジャンケン。されどジャンケン。老若男女問わず公平に出来る勝負といえばそうだが、『なんでも言う事を聞く』にはあまりにも勝負方法が幼稚すぎる。
 そこでジェネシスは意義を唱えた。
「勝負方法に対し、報酬があまりにも不釣合いだ。時間制限をさせろ」
「時間制限?」
「ああ。報酬の時間は10分だ。それ以上は認めない」
「10分…10分かぁー…」
 そしてザックスは口元に手を当て、なにやらシュミレーションをするようにウンウンと頷く。そして少しの間の後、それが可能な事が確認できたのか拳を固く握った。
「よし! いいよ!それで行こう!」
 パァーッと明るい表情になったザックスはジェネシスの前に身を乗り出し、すぐ横にいたセフィロスとアンジールに向かって立会人を依頼する目配せをした。
「いい?しっかりと見ててくれよな!後でジェネシスに惚けられない為の証人なんだから!」
 ザックスの勢いに押され「あ、ああ」「…分かった」と承諾する2人だったが、その反応の不自然さにザックスは気がついてはいない。
 そう、ザックスの頭の中には自分の勝利以外の想定など全くされてはいない。なぜなら、それは一生に一度した使えないザックスの一撃必殺の技だからだ。
「行くよ! ジャーンケーン、ポン!」
 そして、勝敗は決まった。



「勝ったーー!!」
 勝利のグーを振り上げ、ザックスは喜びに飛び上がる。
「な!な!俺、勝ったよな!見てた?見てた?」
 それをセフィロスに確認し、アンジールに確認し、満面の笑みで勝利のグーを披露する。
「…よく、ジェネシスに勝ったな。ザックス」
「ヘヘ。実は俺、こないだ気が付いたんだ。ジェネシスってジャンケンの時、必ず最初にチョキを出すんだよ。だからコレは使えるなって!あ、でも癖を知っていたから今の勝負は無しってのは無しだぞ!そんな癖があったジェネシスの自業自得なんだからな!」
 圧倒的に有利な条件においてのジャンケンではあるが、自分から挑んだ勝負であのジェネシスに勝ったのだ。ザックスの喜びは大きい。
「さっき、ジェネシスは約束したよな!な、見てたろ?な?な?」
 そしてそのまま野次馬になっていたソルジャー達にも確認して行く。まさにウイニングランと言った所だ。

 そんなザックスを背にジェネシスはチョキを出した右腕をゆっくりと下ろし、それを見ていたセフィロスがポツリと呟いた。
「…やっと気付いたのか、ザックスは」
「…ああ、三ヶ月かかった。まぁ…、あのバカ犬としては気付いただけマシという所か」
 そしてため息をつくジェネシスにアンジールは苦笑いを零す。
「それで?三ヶ月間もザックスにソレを見せ続けたあげく、いざ本番で負けてやった理由は何だ?」
 ジャンケンをする時、最初にチョキを出す。ジェネシスはそれをザックスに見えるようにひたすらひたすらやり続けた。ザックスが気が付くまで。ザックスがそれを利用するまで。
 やっとそれが叶うまで三ヶ月もかかってしまった。まさに根気に賜物だ。
「理由については俺も気になる。てっきり勝利を確信したザックスを負かす為だと思っていたが、そういうわけではないんだろう?」
 セフィロスは背後にいるザックスに視線を向ければ、相変わらずウイニングランの最中だ。ザックスがそこまで喜ぶ『報酬』が何かも気になるが、それをあえて許したジェネシスの『意図』も気になる。セフィロスはさっさと教えろと目で催促をした。
 するとジェネシスは携帯のフリップを開き、時刻を確認すると「そろそろだな」と呟く。そして、まだ喜びにはしゃぐザックスに呼びかけた。
「子犬!報酬の時間はあと6分だ。何もしなくていいのか?」
「えッ?!」
 そして案の定、ザックスは顔を青くし慌てて戻ってくる。
「嘘!!10分って、もう始まってんの!?」
「当然だ。勝負がついてからの10分だ」
「マジで?!そんなん聞いてねー!」
「言った覚えはないが、「いつでも使える」と約束した覚えもないな。確認しなかったお前の不備だ」
「き、きったねぇ!」
「なんとでも言え。で?どうするんだ?お前はこのまま報酬を放棄するのか?」
 ジェネシスにニヤリと笑みを浮かばれ、ザックスは「う…っ」と言葉に詰まる。
「ザックス、お前の要求が何か気になる。さっさと言え」
「ジェネシスに何をして欲しいんだ?ザックス」
「…え、えと…」
 セフィロスやアンジールにも急かされ、ザックスの顔が見る見る赤くなる。
「ひ、ひと前で、言うことじゃ…」
「何を言っているんだ。お前は俺達に立会いの要求した。報告はすべきだろう」
 そしてセフィロスに追い詰められ、口をパクパクとさせるが、やはり言えないとばかりに首をプルプルと左右に振った。
「あと5分だ。せっかくの勝利を無駄にしたな、子犬」
 パタンとジェネシスが携帯のフリップを閉じ、コートの中へ仕舞う。ザックスはそれを見ると慌ててジェネシスの腕を引いた。
「こ、こっち!こっち来て!早く!」
「あ?」
「いいから早く!!」
 そのまま全身の力を使い、ジェネシスを強引に立たせるとグイグイと背中を押して他の場所へと移動する。
「どこへ行く気だ、子犬」
「いいから早くってば!時間なくなるだろ!」
「だからどこへ」
「いいから!早く行けよ!もーっ、遅い!ジェネシス!遅いー!!」
「分かった、分かった」
 真っ赤な顔のまま早く早くと必死に背中を押すザックスにせがまれ、2人の姿はソルジャー達に前から消えて行った。
 


「「「……」」」
 そして、2人が消えたソルジャーフロアに取り残された野次馬ソルジャー達は、一瞬シン…と静まり返ったあと、にわかにザワめき始める。
「おい…見たか、今の顔…」
「ああ、まさか、あのサー・ジェネシスが…」
「サー・ジェネシスが…」
「「「デレた」」」
 たった今、目の前で見た信じられない光景にソルジャー達は顔色をコロコロと変え唖然とする。
 ザックスにせがまれ、デレデレ顔だったのだ、あのジェネシスが。
「アンジール。これはもしかして、単に俺達は見せつけられた…という事か?」
「ま。そういう事だろうな…全く、アイツの自慢の仕方はこれだから…」
 察しのいい親友2人だけがジェネシスの真の意図を理解する。そして、その意図にザックスがまんまとハメられていた事も。
「なるほど。ジェネシスの『意図』は分かった。…で?ザックスが望む『報酬』の方はなんだったんだ?」
「どうせいつものアレだろう。確認しに行くなよ?セフィロス。自分から見せ付けられに行くほどバカらしいものはないぞ」
 2人が消えた方向に視線を向けるセフィロスをアンジールが引き止める。
 そもそも、10分程度で済むザックスの要求などたがが知れている。どうせいつもの『言って欲しい一言』に違いない事は容易に想像が出来た。
 それをここまで諦めないザックスもザックスなら、ここまで引っ張るジェネシスもジェネシスなのだ。


 面倒だから今のは無かった事にしようとする親友2人に対して、世にも貴重なものを見たソルジャー達のザワめきは止まらない。
 そして、そんな喧騒が届かぬ奥まった場所のどこかでは、2つの影が予定の報酬時間を越えていつまでも重なりあっていた。




end.










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