■ 「あと5分」の夏  

 

「な、クラウド。コーヒー飲まねぇ?熱いやつ」
 ザックスにそう言われて、それもいいなとフト思った。
「…うん」
「OK!甘いやつな♪」
 なんで、そう思ったんだろうって思いながらキッチンに入って行くザックスを見ていると、ザックスが背中越しに話しかけて来た。
「涼しくなって来るとさ、熱いコーヒーが恋しくなるよな」
 そういわれて改めて気が付く。
 …ああ、そっか。
 そういえば夏って、もう終るのか。



 コポコポとドリップする音を立ててコーヒ-の香りが広がってくる。
 毎日生きてるだけで命を削られるような、あの暑さの中ではなかった香りだ。
「アイスコーヒーも美味いけどさ、やっぱりホットは格別だよな。まさに涼しさの恩恵!クラウドもこのくらいになればだいぶ楽だろ?」
「……」
 そう言われて気温を確かめると、ここ1~2ヶ月にはなかった気温だった。ほんの数℃下がるだけで人間ってこんなに楽になるもんなのか。
「ホットコーヒーが飲めるようになったら夏はおしまい!これからは元気になれるな!」
 不精して返事をしないでいる俺の声が聞こえているかのようにザックスは会話を続け、ニッコリと笑う。
 そういえばこのクソ暑い夏の間、ザックスはずっとこうやって俺に気を使って過ごしていた。
 夏になると一層元気になるザックスは、暑さが苦手な俺にとってはまさに『夏の化身』。夏の間、俺はひたすら引きこもったまま八つ当たりし続けていたんだ。
 でも、それでもザックスは文句のひとつも言わずに、俺が少しでも快適になれるように気を配り続けてくれた。
 今更だけど…悪い事、してたかもしれない。
「…ザックス…」
「ん?」
「…心配かけて、ごめん…」
「……」
 思わず出た俺の唐突な謝罪にザックスは目をパチクリさせる。
 あ、ヤバイ。何がって聞かれたら困る。
「…いや、だから…、その…」
 素直になれない俺がしどろもどろになっていると、それを察してくれたのかザックスはニパッと笑った。
「クラウドが元気なのが一番!!」
 そう言ってキメポーズをするザックスに俺は小さく苦笑する。
 何が一番なんだよ。それでいいのか?ザックス。
 でも、そんなザックスの心使いが俺を一番楽にしてくれるんだ。こんな時、やっぱりザックスが好きだ、ってしみじみ思う。
 ザックスと飲む夏の終わりのホットコーヒーかぁ、なんだか楽しみになってきた。


 俺のワクワクと一緒にそろそろコーヒーが出来る頃、冷蔵庫を開いたザックスが「あ!いけね!」と悲鳴をあげた。
「何?」
「コーヒークリームが無ぇ。ずっと使ってなかったから買っておくの忘れた」
「牛乳でもいいけど?」
「うーん…でも、折角の夏明け記念の一杯だし、クラウドに美味いのを飲ませたいしな…。よし!ひとっ走り買ってくる!」
 そして、ザックスはサイフを手に取ると玄関へと向かう。
「今から?」
「5分で帰ってくるよ!」
 さすがに5分で帰ってくるのは無理だと思うけど、ザックスは猛ダッシュの勢いで靴を履く。俺は慌ててソファから起き上がると慌てて玄関へと走った。
「待って!待てって、ザックス!」
「ん?」
 急いで玄関に行ったにも関わらず、ザックスは玄関を閉めかける所だった。全く、行動が早すぎだ。
「俺も行く!」
「え?マジ?」
「な…っ、夏が終るんなら俺だって外に出るよ…!」
 ザックスに意外そうな表情をされ、慌てていい訳がましいことを言ってしまう。
 ばつが悪いのはそれだけ我侭を言って引きこもってきた負い目だ。けど、ザックスは嬉しそうに目を細めてくれる。
「うん、一緒に行こう」


 
 俺も靴を履き、ザックスと並んで外に出た。
 夏が終る。
 もうすぐ夏が終る。
 久々に繋いだザックスの手は、変わらず心地良かった。




end.










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