■ 「あと5分」の静寂  

 


ザックスは可愛い。

俺がそれを言うとザックスは両手をめいいっぱい振って全力で否定する。
自分より年下で顔の可愛い俺に言われたくないらしい。

でも、俺は本当の意味での『可愛い』のはザックスみたいな人だと思う。

たとえば…







 クラウドは山のような資料を抱えたまま資料室のロックを解除すると、そのまま滑るように静かな室内へと入って行った。
 これを各指定の場所に戻せば、今日の任務は終了となる。さっさと終らせて帰ろうと、手際の良い慣れた手付きで次々にボックスに資料と戻していると、ひと気のなかった資料室の奥から聞きなれた明るい声がクラウドの耳に届いた。
「もしかして、クラウド?」
「え?」
 名前を呼ばれて振り返るも、どこにも人の姿は見えない。
 だがよく見ると、少し高いパーテンションで仕切られたブースの上からちょっとだけ覗く黒のツンツン頭が見え、クラウドの表情は自然と綻んだ。

「ザックス? こんなトコで何してるの?」
「一応、仕事中なんだけどさ……あ、悪ぃ。入って来ちゃダメ。ソルジャー以外には見せられない書類なんだ」
 近づこうとしたクラウドに、ザックスはパーテンションの上から手を振って静止する。呼んでおいてそれはないだろうと、クラウドの表情は一瞬曇るが、これがソルジャーであるザックスと一般兵であるクラウドの大きな壁なのだ。どうしようもない。
「うん、分かった。……でも、そんな大事な書類なら尚更なんでこんな所でやってるの? ソルジャールームの方が安全じゃない?」
 ここは通常はロックがかかっているとはいえ、鍵さえあれば一般兵でも入れる場所だ。クラウドの考えの方が正しい。だがそれを聞かれたザックスは、バツが悪そうに自分の頭を掻いた。
「うん、そうなんだけどさぁ……。ソルジャールームだと人がひっきりなしに入れ替わるだろ? それだと、俺が集中しないからって、アンジールにここで1人でやれって閉じ込められたんだ。終るまでこの中から出たらダメだって言うんだぜ? 厳しいだろ?」
「そうかなぁ? そうまでしないと終らないザックスも悪いんじゃない?」
「あ、図星。痛ッ」
「誰かがいると集中できないの?」
「そうなんだけどさ、皆面白い話持ってるだろ? だからさ、その……つい、話ちゃうんだよな~」
 テヘテヘと笑いながら頬を掻いているだろう姿が、見えなくてもクラウドには分かる。
 もとより人懐こいザックスなのだ。誰かを見れば尻尾をふる。大方、そうやって尻尾を振っては呼び止め、それに夢中になって自分の仕事を後回しにしてきたのだろう。今の状態のように。
「ザックスらしいね。そういう所は明るくていいけど、でも、仕事はちゃんとやらなきゃダメだよ?」
「へーい。クラウドはアンジールと似たような事言うな~」
「そうなの?」
「そうなの。ゲンコツが飛ばない分、アンジールより優しいけどね」
「ゲンコツされたんだ?」
「今日だけで3回」
 パーテーションに上で振られる3本の指に、クラウドは「ぷっ」と小さく笑った。
 それだけ面倒をかけているザックスもザックスだが、それでも見捨てないアンジールにも頭が下がる。まだ直接話した事はないが、いつか自分がソルジャーになったらぜひとも教授されたい1stだとクラウドは思う。


「あんまりサー・アンジールに面倒かけちゃダメだよ。じゃ、俺はもう行くから、がんばって」
「え? あああ! 待って! 待てって、クラウド!!」
 クラウドが最後の資料をボックスに入れ部屋を出ようとすると、ザックスは慌ててパーテーションの上から顔を出した。
 眉を八の字に下げ行かないでと目で訴える様は、まるでゲージから何かをねだる子犬だ。
「何? 何か取ってきて欲しいものでもあるの?」
「そうじゃなくて…その…」
「何?」
「もうちょっと…居てくんないかな…?」
 お願い!とピシャンと顔の前に両手を合わせるザックスにクラウドはゆるりと口角をあげた。
「いいけど…俺は面白い話なんて持ってないよ?」
「大丈夫! 面白い話は俺が持ってるから!…って、いや、そうじゃなくてさっ! いいかげんこの仕事終らせたいんだ。協力して」
 頼む!と、またピシャンと両手を合わせる。
「協力って、居るだけでいいの?」
「うん、いい! 頼まれてくれる?」
 クラウドの返事にパァッと明るい笑顔を向けたザックスにクラウドはクスリと笑った。
「いいよ。じゃ、あと5分だけね」
「了解! それで終らせる!」
 パーテ-ションの仕切りの外にクラウドを椅子を置いて座ると、ザックスも改めて席に座り直しデスクの上にあるパソコンへと向かった。
 そこからの会話は必要ない。
 キーボードを打つザックスの指の音だけが小さく響きだす。その音は、ザックスの集中に比例して早く高速に動き始めていった。その早さはクラウド達一般兵には到底及びもしないスピードだ。

(本当はこんなに出来るのに、誰かいないと寂しくて出来なくて、でも誰かいると楽しくてまた出来ないって、ほんと可愛いよね……ザックスって)

 だからせめて自分は、黙ったままでも傍に居られる人間になろうとクラウドは思う。
 それに、集中するザックスの傍に居る。こんな時間は嫌いじゃない。
 どうせ数分後、終った後には一気に騒がしくなるのだ。だからその静けさはそれまでの、クラウドだけが独り占めできる時間。
 



数分後―――


「出来たー! お待たせクラウド! 退屈だったろう? ごめんな、お礼に何かご馳走するよ、何がいい?」
 終った途端に花火が上がるように騒がしく華やかになったザックスに、クラウドは少しだけ「ヤレヤレ」と肩をすぼませた。






end.












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