■ おせちの楽しみ 



 「なぁー、アンジールゥー」

 アンジールが朝からずっと料理をしてる。

「なぁってば、なぁ!なぁ!」

 料理をするはいつもの事だけど、今日は朝からずっとずーっと、料理をしてる。
「なんだ、ザックス」
「まだ終わんねーの?」

 朝ごはんや昼ごはんを作ってもキッチンからは出て来ない。どうやら、それとは違うものを作っているらしいんだけど、俺には何を作っているのかさっぱり分からない。
 キッチンはとにかく沢山の鍋だらけだった。

「もうちょっとだな」
「そんな事言ったって、朝からずっと『ちょっと』じゃないか」
 その間、俺は全然構ってもらえなくて、すんげー退屈で面白くない。
 面白くないんだ。面白くないんだぞぅーっ。
「なぁ、そんなに一生懸命に何作ってんの?」
「おせち料理だ」
「おせち?」
 初めて聞いた言葉に首を捻っていると、アンジールは暇なら自分で調べろ、とばかりに俺の携帯を顎で指した。
 はいはい、調べますよ。なんだい、チェ…


【おせち】
お正月に食べる、縁起をかついだ料理。


 携帯には写真と一緒にそんな事が書いてあった。
「お正月の料理?」
「そうだ。ウータイの方の文化だな」
「ふーん…アンジールはこれ作ってんの?」
 携帯に載っている写真を見せたら「そうだ」って頷かれた。うーん…これかぁ……
「不服そうだな。気にいらないのか?」
「んー…食べたことないから分かんねーけど、これってさ…」
「ん?」
「なんか茶色くて地味じゃない?」
「!? ははは、確かにそうだな」
 正直に感想を言ったらアンジールに笑われた。
 だってアンジールがいつも言う『食卓の三原色』の赤も緑も黄色もない。何度見たってちょっと冴えない感じのほぼ茶色だ。
「…美味いの?これ」
「中身はほとんど保存食だからな。美味いは美味いが味が濃くて確かに地味だ。ほら」
 そう言ってアンジールが見せてくれた鍋の中には、どれもこれも茶色だらけだった。
「うげっ!なんだこれ、煮物ばっか!」
「縁起かつぎだと言っただろう?これはひとつひとつに意味がある。
例えば数の子は子孫繁栄。田作りは豊作祈願。
黒豆は魔除けと『マメに働け』の語呂合わせ。
開きごぼうは『運が開く』とかかっているな」
 アンジールが解説してくれるソレは、分かるような分からないようなものだった。
「なにそれ、ダジャレ?」
「そんなものかな。伊達巻は形が巻物に似てるから学問成就だ。お前は食べた方がいいんじゃないか?」
 そう言ってアンジールが箸で持ち上げたのはロールケーキみたいな卵焼き。それは美味そうだけど、そんな見た目で成績が上がるなら苦労しないよ。
「縁起かつぎってなんだか無理矢理っぽい…」
「限られた物の中で工夫をしながら作られるものだからな。俺はそういう志は嫌いじゃない」
「うん…、アンジールはそうだろうね」


 クラス1stで金は余るほどあるはずなのにアンジールは無駄な贅沢はしない。
 貧乏性のせいだって自分では言うけれど、物を大切にしてるだけなんだって事、俺はちゃんと知ってるんだ。
 そんな所も俺がアンジールを好きな理由でもあるんだけどね。
 ま、アンジールが作るものに不味いものなんてないし、俺はなんでもいいや!

「でもさ、年明け前から作るなんて見た目に反して大変な料理だね。それに沢山ある。セフィロスやジェネシスも来んの?」
 種類が多いのもあるけど、そのひとつひとつも量が多い。あの2人が来ても食いきれないんじゃないのかな、これ。
「いや。あいつらは今年はコスタでいない。これは俺達の分だ」
「へ?」
「3日分あるからな」
「え?」
「保存食だと言っただろう?」

 …一瞬、アンジールが何を言っているのか分からなかった。

 3日分の、保存食…?

「アンジール…まさか、3日間ずっとソレ…?」
「そうだぞ。これには正月の3日間、家事から解放するという意味もある」
「ずっと同じ?!」
「そうだ」
「唐揚げやグラタンは?!」
「正月はないな」
「うえー!マジでぇー!!」
 ヤダヤダヤダヤダ!
 いくらアンジールの手料理でも3日間もずっと同じものを食べるなんて嫌だ!飽きる!

「そんなに嫌か?」
「無理!絶対に無理!3日は勘弁して!お願い、アンジール!」
 両手を合わせ、必死に祈るように頭を下げた。
 作ってくれてるアンジールには悪いけどさすがに同じものは無理。辛すぎる!

「そうか…楽しみにしていたのに残念だな…」
「ぅ…」
「せっかく正月はお前とくっついていられると思ったのに」
「…え…?」
 俺が顔を上げると、アンジールは意味ありげにニヤリと笑った。
「家事をしない代わりに、その分までお前といようとな」
「……」
「正月、俺の膝の上でまったりするのは嫌か?」


 意識なんかしてないのに、俺の喉がコクリと鳴った。


「……おせち、食べる」
「いい子だ」


 アンジールが満足そうにニッコリと笑う。俺のハートはその笑顔に完全にヤラれてた。
 ああもう!お正月、楽しみー!





end.









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