■ 4つ目はベッドの上で |
「アンジールーー!おはよー!」 ソルジャーフロアを元気いっぱいに仔犬が駆けて行く。目指すのはアンジールの広い背中、仔犬は今朝も飼い主が大好きだ。 「おはよう、ザックス。今日も元気だなお前は」 ポーンとザックスが全力で背中に抱きついてもビクともしない逞しいアンジールは、むしろ抱きつきやすいようにジッとしていると言った方が正しい。 飛びつけば肩越しにポンポンと頭を撫でながら微笑むアンジールも、その手に満足そうに破顔して見えない尻尾をめいいっぱ振るザックスも、この賑やかな挨拶は楽しみのひとつなのだから。 「あのな!今日はバレンタインだろ?だからチョコ作ってきた」 「ほら」と、早速ポケットから取り出したのは赤い箱。 さあ、開けてビックリしてくれ!と言わんばかりに、目はキラキラと期待に輝いている。 実は中味はハート型に溶かし直したチョコレート。そこにデコペンでデカデカと『アンジールが大好きだ!』と文字を書いたのだ。 悪戯を込めてアンジールを照れさせるのを目的に、あえて恥ずかしいくらい超ベタなものをザックスは用意した。全てはアンジールの驚く顔、そして照れながらも優しく微笑んでくれる顔を見たいが為。 だったのに… 「バレンタインの、チョコか…」 「え…?」 ザックスの予想に反してアンジールは浮かない顔を見せた。 「それは今日でないと駄目か?」 「…だって、あの…。…チョコ…嫌いだったっけ…?」 ザックスが知る限りアンジールに好き嫌いはない。たとえあったとしても自分からのプレゼントならアンジールは喜んで受け取ってくれる。それだけ自分は愛されていると自信があった。 だからこそ、この浮かない顔はザックスには意外すぎて、みるみるうちに不安が広がって行く。 「あ、いや違うんだ。ザックス、そうじゃない」 「なら…、なんで?」 しょんぼりと垂れ下がってしまった見えない犬耳に気がついたアンジールが慌てて頭を撫でて慰めるも、八の字に下がった眉は直りそうにない。 これはバレンタインだからとお祭りに便乗して作ったものなのだ。任務でいなかったならまだしも、こうして会えているのに渡せないなら意味はなくなってしまう。 困ったようにアンジールは顎に手をあてると、「実は…」と小さな声で切り出した。 「昨夜、反神羅組織がバレンタインに乗じて、ソルジャー1stの毒殺を企んでいるという情報が入った。よって、バレンタインに絡んだ食物は例外なく未開封のまま検疫に回さなければならない」 反神羅組織が目ざわりなソルジャーを排除する策を企てるのはいつものこと。その対策に検疫をするのも当然の事ではあるのだが、 「お、俺のも?!」 「例外なく、だ」 「……そっか…」 例外扱いされない事に少なからずザックスはショックを受けた。 『例外なく』という命令に従うのは生真面目なアンジールらしさだとは思う。けれど、たまには自分への愛情からくるズルがあってもいいのに、と、どうしても思ってしまう。 恥ずかしげもなく用意したメッセージ入りのチョコレート。 検疫でアンジール以外の誰かに見られるのは絶対に嫌だった。 「……じゃ…、これ諦めるよ……」 「すまないな…騒ぎが止んだら受け取る」 「いいよ、命令なら仕方ないし…」 しょんぼりしたまま再び赤い箱をポケットにしまった。失恋したわけではないのに、なぜこんなに悲しい気分にならなければいけないのか…。 持っているのも辛くて、今にもバラバラに崩して粉にしてしまいたい気分だった。 「ザックス、顔を上げろ」 「え?」 俯いた顎を持ち上げられると同時に、口の中に入れられた丸いもの。 舌の上で広がるように溶けたそれは甘い甘いミルクチョコレート。 「な、に…?」 蒼く大きな瞳を瞬かせながら見上げた先では、アンジールが青い小箱を片手に悪戯っぽく口角をあげていた。 「俺は直接受け取れないが、俺から渡してはいけないとは言われていない」 それはガッカリするだろうザックスの為に、昨夜アンジールが作ったチョコレート。 ザックス好みにミルクを多めに甘く仕上げたトリュフだった。 「ア、アンジール!やっぱ大好き!」 途端に太陽が登ったように明るい笑顔を見せるザックスに、アンジールは照れくさそうに、けれどとびっきり優しい笑顔を見せる。 それはザックスが見たかった笑顔と同じ。 「な、1個だけ?他にもある?」 「あと3個だ。だが、今はやれん」 「えー?!なんで?!」 「これは昼とおやつと夜の分だ。時間になったら取りに来い」 「ひどっ!欲しい!今欲しい!せめて見せて!」 「駄目だ」 そう言って笑いながら青い箱をしまって歩き出すアンジールの後を、おあずけをくらった仔犬はワンワン言いながらチョロチョロとついて行く。 その日、何度も時計を見ながら一日中ソワソワする仔犬と、時間になるとあえてちょっと逃げて遊ぶアンジールの姿は沢山の人に目撃され、『バレンタインを最も楽しむバカップル』として伝説になったのは言うまでもない。 end. |