■ After The Battle サイドストーリー 沈黙の繭 04 黒い鬼(1) |
「やめて!ホランダー!」 ジリアンの悲鳴と共に現れたのは恰幅の良い体形にだらしなく白衣をまとった、黒い無精髭の男だった。 その男がニヤリと嫌な笑いを浮かべ、アンジールを見る。 「元気そうだな、アンジール」 「……」 「どうした?俺から逃げようとしてたのか?」 「…嫌いな奴とは話したくない」 アンジールがチラリと視線を外に外せば、そこには家の影からこちらを伺うホランダーと共に来た黒服の男が1人いた。 上着の胸に手を入れ、いざとなればそこから銃を抜きだすであろう事が容易に想像出来る。 逃げてもすぐに掴まる。 咄嗟の事とはいえ、ジェネシスを外に逃がさなかった事は正解だったのだと、アンジールは内心でホッとした。 「つれないな。父に向かってその言葉はないだろう」 「やめて、ホランダー!あなたは父親じゃないわ!」 『父』という言葉に敏感に反応したジリアンが白衣を握り声を張り上げる。 だが、ホランダーはそんなジリアンを見下すように嘲笑うと、大げさに両腕を広げて見せた。 「むろんだ。アンジールの父親はコソコソと俺の動向を探るあの鼠が妥当。俺は『父親』などというつまらん役を演じる気はない。だ、が―――」 そして太い腕を正面に上げると、その指先をアンジールに向けた。 「コレの所有権は俺にある。どうしようと俺の勝手だ。そうだろう?ジリアン」 「……」 ジリアンは何も言わなかった。 何も言えないまま、白衣を握る手を真っ白にしたまま唇を噛みしめて、苦渋に顔をゆがめる。 そのジリアンの様子に、アンジールは歯をギリッっと鳴らし、ホランダーを睨みつけた。 「…それ以上母さんを苦しめるな」 ホランダーとジリアンの間に何があるのか、アンジールには分からない。 まるで物のように自分の所有権を主張するホランダーへの恐怖感も、何故かそれを否定してくれない母への疑念も確かにある。 だがそんな事よりも、今、目の前で苦しめられている母の姿を見る事の方が何倍も辛く、耐えがたかった。 「俺に何の用?」 さっさと用事を済ませて帰れとばかりに身体を部屋の中へと入れると、アンジールはその瞳に憎しみを込めたままホランダーを睨んだ。 平和で穏やかな日々を黒く染めるただひとつの存在、それがこの男だ。 いなくなればいい。 いなくなれば…。 アンジールの憎しみの篭った青い光沢の瞳の中で揺れる闇は冷たく、そして敵を焼き殺すかのような熱を持っていた。 「アンジール…」 そんな息子の瞳の中の闇に、ジリアンの顔が青く白くなる。 だが、ホランダーはその瞳の力に満足そうに口角をあげた。 「いい瞳だ。その瞳で俺に向かって来い、アンジール。お前には普通の人間にはない能力があるはずだ、それを見せろ」 「やめて、ホランダー!」 アンジールを煽るかのようなホランダーの物言いに、ジリアンは耐え切れずに飛び出す。そして、ホランダーとアンジール間にその身で壁を作るように立ちはだかった。 「いいかげんにして!この子は普通の子よ!勉強が苦手で、運動が好きな普通の子供!あなたが望む検体だって毎月提出してるでしょう!それで確認しているはずよ!」 ジリアンのキッパリとした強い口調にホランダーは面白くなさそうに舌打ちをした。 「…私達のプロジェクトは失敗しているの。もう終わりにして、ホランダー…」 「いいのか?俺が終わらせるという事はこの村も不要となるぞ」 「私達の事は放っておいてくれて結構よ」 「残念だが神羅に『野放し』という処分はない」 「……」 ジリアンが黙るのを見届けると、ホランダーはフンと鼻を鳴らし踵を返した。 「暫くこの村を監視する」 それだけを言い残すと再び大またで歩き、乱暴にドアを開けて家を出て行った。 アンジールは窓から身を乗り出しホランダーの後ろ姿とその後を追う黒服の姿を確認する。 その影が遠ざかるのを見届けると、急いで母に駆け寄り強張った身体にそっと手をかけた。 「お母さん、行ったよ。もう大丈夫」 「アンジール…」 ジリアンは優しい息子の手のぬくもりに安堵したように息を吐き、その場に崩れ落ちるように両膝を突いた。 アンジールはまだ支えきれない腕ながらもそれを必死に抱きしめ、冷えたからだを温めるように背中をさする。 「…大丈夫?」 いつもは気丈な母だが、こうしてホランダーと会った後はグッタリと憔悴してしまう。それは、回を追う毎に悪化しているようにアンジールには見えた。 このまま繰り返したらいつか母は本当に死んでしまうかもしれない。そんな事を本気で思いジワリと目の奥が熱くなる。 「ありがとう、大丈夫よ…それよりも、ジェネシスは?」 「いるよ。 もういいよ、ジェネシス」 「……」 アンジールに呼ばれ、ジェネシスは黙ったままクローゼットからゆっくりと現れる。 その姿に、ジリアンは再び安堵のため息を付いた。 「約束は守ったよ?お母さん」 「ええ…、ありがとう」 アンジールの言葉にジリアンは力なくうな垂れた。 納得のいかないジェネシスが何か言いたげに何度も口を開きかけるが、その度にそれを察したアンジールが首を振る。 『今は何も言わないで』 言葉はなくともハッキリと伝えてくるアンジールの意思と、グッタリとしたジリアンの様子に、ジェネシスはただ唇を噛んで耐えるしかなかった。 |
03-2 ←back ◇ next→ 04-2 |