■ After The Battle サイドストーリー 
沈黙の繭 
03 無禄の盾(1) 

  

「アンジール、あの神羅のヘリってもしかして例の奴が乗ってるのか?」
 2人同じ速度で走りながら坂道を駆け下りる。空を見上げれば音を立てて近づく機影はどんどん大きくなってきていた。
「この村にやって来る神羅はアイツしかいない。間違いなく乗ってる。どうしよう、また母さんが…」
 悲しげに眉を顰めるアンジールの肩を、バシッと気合いを入れるようにジェネシスが叩く。
「今日は俺もいるんだ。一緒に言ってやるから大丈夫!急ごう!」



「お母さん!」
「おばさん!」
 アンジールは家に帰ると、いつも母がいる薬の調合部屋へジェネシスと共に飛び込んだ。
「アンジール…、ジェネシス?! あなたどうしてここにいるの?」
 ジェネシスの姿に驚いたジリアンが思わず目を丸くする。
 だが、咄嗟に出たその一言に「え?」と小さく反応したのはアンジールだけだった。
 そして足が止まってしまったアンジールの横を、何も気に止めなかったジェネシスが通りすぎて行く。
「おばさん、神羅のヘリが来る」
「え、ええそうね。ジェネシス…」
 ジェネシスは戸惑うジリアンの手から薬のビンを取ると、手際よく薬棚へと戻していった。
「急いでどこかに隠れて。ここに来る神羅って悪い奴なんだろ?俺は見た事ないけど、来るといつもおばさんに酷い事を言って行くんだってアンジールから聞いてる」
「ちょっと待って、ジェネシス。彼らは私に用事があるだけなの。私の事はいいからあなたこそどこかに…」
「良くないよ!酷い目にあうって分かっているのに1人にできるわけないだろ!」
 心配で口調が強くなるジェネシスに、ジリアンはそっと穏やかに目を細めた。
「ありがとう、ジェネシス。優しい子ね」
 そして目の高さを合わせるようにかがむと、ジェネシスをそっと抱き寄せ、安心させるように優しい顔で微笑む。
「本当に大丈夫。神羅は私に村の様子を聞きにやって来るだけよ。何も問題はないわ」
「でも、いつもおばさんは苦しい顔をするってアンジールが…そうだよな?アンジール」
「……」
 ジェネシスは同意を求めるようにアンジールに振り返った。が、アンジールはそれに反応をしなかった。
「アンジール!」
「…え?」
「何、ボケッとしてるんだお前!」
 突然ジェネシスに話を振られ、戸惑うアンジールにジェネシスは一喝する。
「神羅のホランダーって奴はいつもおばさんに酷い事を言うから嫌いだ、って言ったのはお前だろ! おばさんを守りたいんだろ?!しっかりしろ!」
「ん…ぁ、…ああ、ごめん」
 ジェネシスを離し、ジリアンもまたアンジールを見上げた。
「アンジール…」

「……」
 アンジールは何も言えなくなっていた。
 ジリアンを心配するジェネシスと、その身体を愛しそうに抱き寄せるジリアン。その姿を目の当たりにして、胸がキシキシと痛んでいた。
 1人は幼馴染の親友で、1人は大事な母親。
 村人全員が家族であるような小さな村では、親子に関係なく大人が子供を愛しむ光景は珍しい事ではない。
 アンジールもまたジェネシスの家族から可愛がられているのだ、それと同じだ。
 アンジール自身も、そう頭では分かってはいる。
 分かってはいるが、それでも抜けない何かの棘がアンジールの胸には刺さっていた。
「……」
 アンジールはその鈍い痛みに目を閉じ一息吐くと、今はそれを考える時ではないと首を振り、自分を奮い立たせる。
「ごめん。何でもない」
 そして顔を上げると、まっすぐに母を見て傍へと歩み寄った。

「お母さん。またホランダーが来るよ。会わないといけないの?」
 落ち着いて冷静に状況を判断しようとする息子に、ジリアンはゆっくりと頷いた。
「私がいなければ、ホランダーはいつまでもここに残るわ。もしかしたら他の誰かに危害を加えるかもしれない。皆に迷惑はかけたくないの。分かって頂戴、アンジール」
「……」
 皆に迷惑はかけたくない。―――それはジリアンの口癖でもあり、昔から揺るがない強い意志だった。


 このバノーラ村は昔から神羅の監視下にあった。
 それがいつからなのか、その理由が何なのかはアンジールもジェネシスも知らない。誰に聞いても教えてはもらえない。
 ただひとつ分かっていることは、アンジールの母であるジリアンがその矢面に立っているという事だった。
 白衣を着たホランダーという科学者は、時よりヘリでこの村にやってきてはジリアンと何かしらの話をして行く。
 その内容をアンジールは聞いた事はないが、時に口論となったり、時にはホランダーが家の中の物をなぎ倒して行く事もあった。
 言葉と行動の暴力をふるう黒い鬼。
 アンジールは幼い頃からそう感じていた。
 そんな極悪人である事は明確であるのに、何故かジリアンは自らを盾とするかのようにホランダーの相手を自分1人でする事を止めない。
 心配したアンジールが何度その意図を尋ねても、母は「皆に迷惑をかけたくない」としか言わなかった。

 母は誰にも助けを求めない。
 母は誰にも弱音を吐かない。

 アンジールがどんなに説得をしても、心配して泣いて頼んでもジリアンは決して首を縦に振ってはくれない。
 アンジールは母のこの強い意志の前ではいつも無力だったのだ。
 いつも、いつだって、どんな時も。
 自分が子供だからなのか、頼りないからなのか。アンジールが何度自分の無力さを悔やんでも答えは出ず、いつも眉を寄せ、ただ諦めるように母の意志を飲む事しか出来なかった。
 そして、それは今日も同じだった。


「分かった…。なら、俺も家にいる。心配だから傍にいるよ、それならいいでしょ?」
「ダメよ。あなたはジェネシスを連れて隠…」
「ジェネシスなら守る!」
 ジリアンの口からジェネシスの名が出た途端、アンジールはそれを遮るように叫んだ。
「2人で俺の部屋にいるよ。ジェネシスをホランダーの前には絶対に出さない。それならいい?」
「…アンジール…」
「約束は守るよ、お母さん」
「……」
 アンジールの真っ直ぐな眼差しにジリアンは戸惑ったように一瞬口を閉じる。
 が、窓の外にヘリが着陸する影が現れたことに気が付くと、急かすように2人の子供の背を押した。
「もう時間が無い。2人で部屋に入って。いいわね?決して出てきてはダメよ?」
「分かった。行こう、ジェネシス」
 母に頷くとアンジールは部屋へと向かう為に、ジェネシスの手を取る。が、今度はその手に我に返ったジェネシスが叫び出した。
「な、何言ってんだよ! おばさんを1人にするのか?!一緒にいて守ろう!」
「俺達がここにいても何の役にも立たないんだ。いいから来いってば」
「納得がいかないぞ! それに俺を守るってどういう事だ! 分かるように言え!」
「分かりたかったら来い! 時間が無いんだ、分かるだろ!」
 アンジールに窓の外を指差され、その先にこちらに向かって来る2つの人影を見るとジェネシスは悔しそうに舌を打つ。
「後で絶対に説明してもらうからな、アンジール」
 渋々ながら承諾すると「何かあったらすぐに呼んで」とジリアンに念を押し、アンジールと共に部屋へと向かった。

 2人の子供が部屋に入った後、ほどなくして叩かれた玄関のドアの音に、ジリアンは口元をキュッと引き締めた。




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